第25話 感想戦
次の試合が始まる。観戦席の端に座っていたカガリは、近づいてくる足音に顔をあげた。
「……お疲れ。一応見てた」
「醜態をさらしたね。まったく不甲斐ないよ」
「それ俺にもダメージ入るからやめてもらっていい?」
フィールドでは次のバディたちが動きだしている。フィールドは似たような山で、両バディが潜伏しているから、試合が動くまで少しかかりそうだ。
観客席では投影されたスクリーンを囲むように、順番待ちの生徒がまばらに散っていた。けれど試合をきちんと見ているのは半分で、作戦を立てていたり反省会をしている生徒も多い。
カガリは頬杖をついてスクリーンをぼんやりと見ていた。少し疲れていたのかもしれない。そばに立ったままのルイに「座れば?」と、視線も向けずに言う。彼女は握りしめた両手を力ませた。
「1つ分かったことがある――レオナルド・アルバーニは僕の上位互換だ」
その声は少し震えていたように思えた。カガリが口を開こうとすると、遮るように「何もできなかったんだ」と呟いた。
「……何もできなかったんだよ、僕は。手も足も出なかった。時間が経つほど劣勢になって、打開策なんて何も思いつかなくて、防戦するしかなくて。地力の差だ。同じオールラウンダーだなんて思ったのが間違いだったよ。魔導も近接も、彼に勝てる要素が1つもない……」
カガリは開いた唇をゆっくりと閉じて、視線だけ向ける。
赤い瞳は濡れていなかったけれど、いつもの気高さはない。よく見ればシャツのボタンも1つかけ間違えていた。教えてやろうかと思ったが、そのうちエリザがさりげなく直すだろうから、気付かないふりをする。
ルイの言うことは間違っていない。
彼女はオールラウンダーとして実力で負けている。
今のまま1対1で戦えば、何度やっても結果は変わらないだろう。観客席で見ていたカガリでもわかったし、それ以上にルイは痛感しているはずだ。何を言っても慰めにはならない。そもそもカガリは慰めの言葉なんてろくに知らない。
ぐーっと背をのばして、もう一度「座ればいいのに」と言う。ルイはようやく腰を下ろした。
「俺なんか、背中からバンッで終わりだったけどね」
「少なくとも僕よりは仕事をしたと思うよ。君がいなければ最初で詰んでいたから」
「…………悪かったな、最後援護してやれなくて」
「最後?」
「俺が強制退去したとき。短剣でも投げてやろうかと思ったけど、間に合わなかった」
「むしろ逆だよ。僕が君の援護をするはずだったんだから。君を助けられなくてすまなかった」
「あー……腹減ったよな。この授業何時まで?」
「あと30分だよ」
ルイは水を取ってくると言って立ち上がった。また1人になったカガリは、ボタンを2つ開けた襟元に手を突っこんで、チェーンをつまむ。ぶらさっがているのは金の指輪だ。内側にはアンリ・ルノワールの文字が彫られている。
7年前、夜明けの庭園で押し付けられた指輪。大きな魔導石がはまっているそれは、称号を取ったときに贈られる貴重なものらしい。
「返しに行くだけのつもりだったんだけどな――」
ツンとつつけば宙に揺れる。あの男のすべて知ったような笑みが嫌いだ。自分勝手なところも、無遠慮なところも、冗談みたいに強いところも、そのくせ教えるのが下手なところも嫌いだ。それでもカガリに視線を合わせて、興味できらきら光った目を向けてくるところは嫌いじゃなかった。
ある日ふと、この指輪を返しにいこうと思い立った。
星空の綺麗な夜だった。大木の上で、どこまでも続く墓石を眺めながらそう思った。
どうしてそんなことを思ったのか自分でもわからない。けれど思いつきだけでこんな場所まで来て学院にもぐりこんだ。卒業まで4年かかって、プロの試合でアンリに会えるまではもっと時間がかかる。げんなりしているときに星霜祭のことを知った。校内トーナメントを勝ち抜いて星霜祭に出場できれば、アンリに指輪を返せる。
勝てばいい。
ただ勝てば、それでいい。
どんな方法でも、どんな奇策でも、何を思われても、どう蔑まれても、ただ勝てればそれでよかった。目的を果たすことだけ考えればいい。ずっとそうやって生きてきた。今だってそう思っているはずだ。それなのにどうして――。
「悔しい」
ルイが言った。はっと顔をあげて振り返る。水の注がれたカップを2つ持った彼女は、スクリーンを見つめたままで「僕はすごく悔しい」と唇を噛む。
「もっと戦えると思っていた。何もできなかった。僕はその程度の存在だった」
「…………そーだな」
カガリは右手を伸ばしてカップを受け取った。負けても終わりじゃないのか、と今さら思った。負けたって死ぬわけじゃない。次があって、何度だって戦える。
「それでも、今度は俺らが勝つ」
自分の指にはめられた、自分の魔導石をなでた。




