第23話 瀕死の思考回路
一面、火の海。赤く輝く炎は勢いを増すばかりだ。肌を焼くような熱さに全身が汗ばんでいる。握っていた魔導剣を指輪に戻して、また咳きこんだ。
「丸焼けになっても強制退去だっけ……!?」
ご丁寧に、ほぼすべての出入り口が燃やされている。唯一使えそうなのは正面口だけれど、わざわざ残されているのは不自然すぎる。外でレオナルドが待ち構えているのは間違いない。
このままでは火に飲みこまれるし、飛びだしてもレオナルドに斬られる。一か八か別の入り口から出るしか――。覚悟を決め始めたとき、耳鳴りがした。
『カガリ、僕も予定位置に到着した。したけれど――家が1軒燃えているぞ?』
「これはとっても悪いお知らせなんだけど、そこに俺がいるんだよね!」
『何がどうなって⁉』
今までのことをかいつまんで話す。ルイは「僕が遅れたばかりに焼死なんて」と嘆くが、まだ生きている。「勝手に殺すな」と目に入った汗をぬぐった。
「あと2分くらいならもちそう。その間にレオナルド・アルバーニを落とすとか、どう?」
『難しいね。仕留めそこなえば戦闘に入ってしまう。その間に君は焼死体だ』
「俺もこんがり香ばしくなるのはお断りだ」
『……提案があるんだけれど』
ルイは声を潜めた。カガリは先を促す。
『この暗さじゃ僕は大して役に立たない。だから僕がレオナルド・アルバーニを引き受ける。僕たちは同じオールラウンダーだから、時間稼ぎくらいはできるはずだ。君は先行して、クラウンの旗を取りに行けばいい』
「奪取型に切り替えるってことね」
『まだ僕の位置は割れていない。僕が奇襲するから、君はタイミングを合わせて飛びだすんだ』
「……方向性はいいけど、もう一押しほしいな。ルイ、あれってできる?」
『?』
カガリは手早く説明する。ルイは少し考えて、「そのくらいなら何とかしよう」と答えた。
手札は揃った。
時間はない。行動するなら今だ。
「いくぞ――3、2、1!」
合図とともにカガリは窓から目を逸らし、両目をぎゅっと閉じる。それでも瞼の向こうに強い光を感じた。
「白光!」
ルイの魔導が発動するのと同時に、カガリは扉を蹴破った。炎から逃げるように飛びだす。やはりレオナルドが待ち構えていたが、光に目が眩んだのか、ろくに動けずカガリを見過ごす。
夜空に浮かんでいるのは巨大な光の塊――初戦で敵バディが使っていた白光だ。
普通目くらましに使う光魔導だが、ルイには限界まで高く打ち上げさせた。おかげで村中に光が降りそそいで、照明の役割をしてくれる。レオナルドは長いこと暗闇にいたから、この程度の明るさでも目が麻痺したらしい。
「カガリ、構わず行け!」
「了解!」
物陰から飛び出したルイがレオナルドに襲いかかる。その隙にカガリは方向転換し北を向く。チャンスは一度きり。全力で地面を蹴って駆けだす。
レオナルドさえ足止めできれば、状況が変わる。ベルの魔導狙撃は脅威だが、それはレオナルドと連携しているという前提の話だ。カガリの速さで接近すれば、照準を合わせられる前に距離を詰めれるはずだ。
勝機は充分。
ここから立て直す。
ここから――。
「――釣れた」
ドンッと強く突き飛ばされるような衝撃が走って、カガリは足を止めた。
「え?」
足を止めたというより、動かなかった。なぜか身体の自由が利かない。数歩よろよろと前に進んで、膝から崩れ落ちた。
「え――」
頭が真っ白になっていた。何が起きたのか分からない。息を吐いて、ゆっくりと自分の身体を見下ろす。背から腹にかけてぶち抜かれて、肉片すら残っていなかった。
「――っ、ッ!」
わずかな痛みを感じて、カガリは振り返る。30メートル向こう、レオナルドはこちらに剣先を向けていた。魔力光の残りがチリチリと輝いては消えていく。遅れて理解する。彼に背中から撃ち抜かれたのだ。
絶句したままのカガリは、それでも考えた。
今できること、しなければならないこと。
傷が深すぎる。間違いなく落ちる。このダメージでは、強制退去まであと3秒もないはずだ。ルイは? まだ戦っている。手助けしなければならない。ルイならきっとそうしたはずだ。けれどカガリは遠距離からの援護はできない。ろくな魔導が使えないのだから。
ルイは苦戦していた。正面戦闘は剣術と体格差がものを言う。ルイは貴族らしく剣術の手ほどきを受けているけれど、身体の細さはどうにもならない。レオナルドとの力勝負になれば押し負ける。そもそもレオナルドの動きはルイ以上に流麗で、あまり長くはもたないだろう。
せめて、少しでも役に。
手を伸ばす。指にはまったままの指輪に叫ぶ。
「レーヴァテ――」
言い切ることもできずに、カガリの身体は光に消えた。




