第22話 猫の奇襲
すべての感情を消して飛ぶ。
瞬きはしない。物音1つ立てない。
民家の屋根の上――彼の身体めがけて飛び降りたカガリは、空中で短剣をくるりと持ち替えた。レオナルドの白い首筋は晒されている。彼を蹴り倒してから、抵抗する間も与えずにとどめを刺す。この位置からでは、どうやっても避けられない。
レオナルドはびくっと肩を揺らした。
細い金髪がなびいた。
足を大きく開いて、身体を転回させる。勢いのままぐるりと振り返ったレオナルドは、とっさに魔導剣をかかげた。ほとんど勘だったのだろう。青い瞳はカガリに焦点が合っていない。カガリが背後を狙って飛び下りたとヤマを張って、それらしい位置に剣を向けただけだ。
けれど彼のヤマは当たる――実際、カガリはそうしたのだから。
「…………ッ」
激しい金属音が打ち鳴らされた。カガリは反動を利用して後ろに飛びのく。1回転受け身を取ってから、土を滑るように距離を取った。低姿勢のまま手をついて、強く地面を蹴る。
動揺しているうちにもう1撃。素早く振りぬいた短剣は、レオナルドの肩を薄く斬った。
「っ、キャットとはいい名前を付けたものだ。まさに猫そのものだな!」
「どうも。俺のネーミングセンスじゃないけどね」
彼は数歩よろめいたものの、傷は浅い。試合では痛覚はほとんど機能しない。静電気のようなピリッとした刺激はあるから、どこに傷を負ったかわかるくらいだ。つまり傷をつけても、痛みで動きが鈍るようなことはない。カガリは小さく舌打ちして身を引いた。
今度はレオナルドが前に出た。長剣を上から叩きつけてくる。
「ところでおまえ、なぜここまでたどり着けた? わざわざ明かりを断たせたのに、あまり意味がなかったようだな」
「馬鹿正直に言う必要ある?」
「同期のよしみだろう」
「えっ、おまえって同期だったの? マジで? うわあ知らなかったなあ、どちら様?」
「うん? おれはレオナルド・アルバーニだ。アルバーニ伯爵家の次期で――」
「嫌味だってわかんない⁉」
「そうか、嫌味だったか。それは悪かったな」
つくづく自分ペースの男だ。カガリは「しばらく黙っててくれないかなあ、できれば永遠に!」と吐き捨てた。
カガリも呑気に会話を続けたいわけではない。むしろ一度退いて、態勢を立て直したいくらいだ。けれども彼がそうさせてくれない。カガリが距離を取ろうとすればm無理やりにでも詰めてくる。おかげで防がないわけにはいかず、膠着状態が続いている。
彼は案外上手い。カガリを逃さないばかりか、さりげなくベルの射程に追いこもうとしているようだ。おかげで動きづらいことこのうえない。レオナルドは長剣を大きく振りぬいた。
「おまえはなぜこのトーナメントに出場した? 1年生で出場しているのは、おれたち含めたった六組で、初戦を生き残ったのはその半分。記念出場か?」
「それも答える必要ある? 大体、そっちこそ何が目的なんだよ」
「おれはただの実力試しだ。他学年と戦える機会はなかなかない。もっとも入学やら進級やらで忙しないタイミングだ、強いバディが出ているわけではないがな」
「そんなノリならさくっと落ちてよ。同期のよしみでさ」
「おまえは星霜祭に興味があるのか? 確か今年の特別解説者はアンリ・ルノワールだが――おまえもファンか?」
カガリはぽかんとした顔のまま、彼の顔を見た。冗談だと思ったけれど、いたって真剣だ。思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「だっれが! んなわけないだろ!」
アンリはにこにこと笑みを浮かべる優男で、顔の良さと強さだけは認める。けれど他人を振り回すことに何の遠慮もないし、思いつきで好き勝手したあげく「あれ? 私そんなこと言ったかな?」などと平気でほざく人種だ。アンリと3日も過ごせばもううんざりしてくる。だから彼のファンではない。断じて。天地がひっくり返っても。
――それでも会いに行こうと決めた。
押し付けられたものを返しに行く、ただそのために。
カガリはじりじりと後退しながら、防御に徹する。
正面戦闘は苦手だ。カガリの短剣術はあくまで暗殺特化で、死角から1撃で仕留めるためのものである。姿を晒してしまえば、間合いの近さで不利になる。身体能力で補っているものの、長く続くほどカガリの分が悪い。
後ろに下がるばかりのカガリは、さりげなく振り返った。2階建ての民家がすぐそばにあって、窓は開いている。
「……しつこいな!」
叫んで一気に駆けだした。短剣を口にくわえて両手で窓枠を掴む。身体を滑りこませて民家に侵入する。くわえていた短剣をすぐさま右手に戻した。窓の向こうにレオナルドはいない。様子見か、それとも追ってくるか――。
「埃くさいな。肺に悪い」
けほ、と咳きこんだレオナルドは長剣を振るう。正面口から入ってきた彼はゆるく構えた。カガリは一歩前に出て、間合いをはかる。
「空気の綺麗なところで療養してくれば? 一刻も早く外に出た方がいいよ」
「せっかくの厚意はありがたいが、やるべきことがあるからな」
「これが厚意なら世界はとっくに平和だよ」
姿勢を低くして踏みこむ。レオナルドが受けようとしたのを見て、とっさにチェストの上に飛び移った。彼が振り返ろうとする前に壁を蹴って加速、斬撃を与える。
「……っ、でたらめだな!」
「――――」
もう話すことはない。
カガリは呼吸を殺す。
正面戦闘が苦手なら自分の得意へ持ちこめばいいだけだ。防戦一方で誘導にかけられているふりをしながら、逆に屋内へ誘いこんだ。屋内戦では短剣の方が有利だし、家具を使えば上下の動きができる。
レオナルドが動きに慣れてくる前に仕留める――。
一度フェイント入れてから、足狙いで短剣を突き出した。彼は飛びのいて距離を取ると、カガリから目を逸らした。魔導剣はカガリというより、その背後に向けられている。レオナルドは尊大な笑みを崩さない。
「燐火」
わずかな魔力光のあとに、いくつもの火の玉が現れた。ふわふわと宙をただよっている火は、壁まで飛んでいき――燃え移り始めた。
「あっつ……⁉」
「それではな。おまえも早く逃げないと、火に巻きこまれるぞ」
レオナルドは裏口から脱出すると、その扉にも火をつけた。追いかけようとしたが、火の手はあっという間に広がって近づけない。もくもくと立ちのぼる煙に激しく咳きこんで、袖で口元を覆った。




