第21話 猫の目
キャットの強みは機動力だ。だがこの暗さでは意味をなさない。
「………………」
「………………」
二人はしばらく黙りこむ。そして同時に「ヤバイな⁉」と叫んだ。
「ルイ、魔導で明かり焚いて走るのは」
『絶対に駄目だ! うかつに光魔導を使えば、ベル・エメットの超遠距離狙撃が飛んでくる。射程は山頂付近だと言ったけど、それは普通ならの話だ』
「えっと⁉」
『光魔導は変換ロスが大きいから、魔力反応が強くなりがちだ。すると彼女の感知に引っかかって――この位置からでも撃たれる!』
「ルイも狙撃でやり返せないわけ⁉ 前の試合、雷魔導で1人撃ってたじゃん」
『無茶を言わないでくれ、僕は目視でも70メートルが限界だ。そのうえ魔力反応だけじゃ、まず命中しない!』
魔導狙撃をするなら、相手がどこにいるかを正確に把握しなければならない。魔力反応だけであたりをつけるなら、精密な感知が重要だ。
カガリはそもそも感知を使えないので論外としても、近接主体ではあまりにも誤差が大きすぎる。オールラウンダーのルイで誤差4メートル、魔導主体のエリザでようやく50センチだ。けれどベルならほとんど誤差なくやってのける。
『この暗さじゃ、とてもじゃないけれど走れない。歩くにしても、レオナルド・アルバーニの方が先に山頂へついてしまう。つまり僕たちの作戦は全部崩壊だよ』
「予定変更! ルイはゆっくりでいいから山頂に向かって。おまえの位置がばれていないのは唯一のアドバンテージだ。そこだけは死守」
『君は』
「先行する。俺は山頂でアルバーニを強襲して時間稼ぎ。どうせ俺の位置は割れてるしね。ルイは奇襲を狙いつつ、合図したら魔導でサポートしてよ」
『……待ってくれ、君はこの暗さでどうやって戦うんだ?』
「問題ない――っていうか、これは向こうの誤算なんだと思うけど」
急斜面に生い茂る木々と、でこぼことした獣道。一歩進むだけでも怪我をしかねない。そんな真っ暗闇でも、カガリは軽やかに降り立つ。
「すこぶるよく見えてるよ、俺は」
自嘲気味に口角を上げる。なんということはない単純な話――カガリは夜目が利く。
ずっと暗い庭園で生きてきた。無数の墓がずらりと並ぶ庭園で、墓守として尽くすことを強いられた。卑しいと後ろ指をさされても、カガリの居場所はいつだって暗闇の中だ。だから両目は暗さに慣れてしまって、火なんて焚かなくてもよく見えた。
こんなときに役立つとは、と1人皮肉って顔を上げる。
「視界良好、いつでもいける」
『冗談みたいだ』
ルイは半分呆れたような口調で返した。頂上までは3分もあればたどり着く。そびえる南門をくぐって、素早く建物の影にすべりこんだ。顔だけちらりと出して、気配がしないことを確かめてから村の中心まで進む。
思っていたよりもずっと小さな集落だ。村は円形に広がっていて、中央は広場になっている。古い木造の民家ばかりとはいえ、一通りの設備は揃っているようだ。
「櫓まであるじゃん」
カガリは手早くはしごを上って、村中を見回した。さすがに山の中までは見えないが、整備されている山道なら丸見えだ。とはいえ、試合中に山道を歩いてくるような馬鹿はいない。
――と思いきや、明らかに見覚えのある男が一人、悠々と歩いていた。
さすがに見間違いだと思った。急に暗くなったものだから動揺しているのかもしれない。強めに目をこすってから、しっかりと深呼吸。今度こそ集中してよーく見る。
レオナルド・アルバーニのふてぶてしいご尊顔が、くっきりと見えただけった。
「マジか」
これにはカガリも絶句するしかなかった。
「あいつさては馬鹿だな? 馬鹿なんだな⁉」
隠れるという行為を知らないのだろうか。試合において姿を晒して得など一つもないし、セオリーの無視もいいところだ。もしカガリに魔導が使えたら、無言で撃ち抜いていただろう。「まあ使えないんだけどさ!」と髪をガシガシかき乱しながら、手すりにしがみつく。
レオナルドの位置が丸見えなら奇襲もしやすい――というわけでもない。
彼は潜伏する気がさらさらないので、開けた山道を闊歩している。つまりカガリが隠れるための障害物もなくて、距離を詰められない。彼が意図しているかは謎だが、一周回ってカガリ対策になっていた。
「予定通り、村で襲撃するか」
彼も感知を使えばカガリの大まかな位置くらいはわかる。なのにちらりとも見ないということは、そこまで精度が高くないのだろう。なら多少近づかれたところで問題はない。
櫓を降りて位置を変える。
レオナルドは堂々とした足取りで北門をくぐった。村の入り口で一瞬だけ立ち止まって手を伸ばす。わずかな光とともに魔導剣が現れた。そのまま剣先を宙に向けて何か唱える。小さな光が無数に浮かんで足元を照らした。
さすがにカガリが村にいることはわかっているようだ。レオナルドはあたりを見回しながら、ゆっくりと進んだ。建物の影を警戒している。油断しているように見えて、意外とするべきことはきっちりする男らしい。
もしルイだったら、彼相手に奇襲するのは難しかったはずだ。物陰に潜んでいたらすぐに見つかってしまうだろうし、魔導を使うにしても魔力光は隠しきれない。暗闇ではなおさらだ。
通りを抜けるように強い風が吹いた。砂埃が舞って目に入る。レオナルドは片目を薄く閉じて顔を覆う。
「――――」
瞬間、カガリが動いた。




