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第18話 偽物のルイ・クラウディア


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 ルイをベッドのふちに座らせて、カガリはすぐそばの床にひざまずいた。彼女の足裏を膝に乗せて支えてやる。いらなくなった布を細く裂いたものを、足首に巻いて固定していく。


「違和感はあったんだよ。おまえが食堂に来たとき、変な感じがしたから。たぶん無意識のうちに足を庇ってたんじゃない?」

「……本当に大したことはなんだ。君が触らなきゃほとんど痛みもない。受け止めるときに階段を1段滑ってしまっただけだから」

「だろうね。ちょっとくじいたくらいだと思うよ。腫れるほど酷くもないし。でも演習は2日後で、その日には万全でいてもらわないと俺が困る」

「それは誓って問題ない! 僕だって手を抜くつもりは一切ないよ」

「だったらなんですぐ固定しなかった?」

「……僕が目に見えるような手当てをしていたら、あの子が責任を感じるだろう。それに人を助けておいて自分が怪我をするなんて間抜けなこと、おおっぴらにできるはずがない」

「プライドが高すぎる」


 布を器用に巻き付けたカガリは、かかとを掴んで左右に動かしてみる。痛む方向には動かないようになっているのを確認してからゆっくりと手を離した。


 本来なら支柱を入れてがっちりと固定したいところだが、それだけは嫌だと断固拒否されたので、仕方なく布の固定だけで妥協した。これなら制服を着れば隠れるはずだ。


 ルイは両足を床に付けた。動きを確かめてからカガリを見下ろした。


「手をわずらわせたね。助かったよ」

「……別に」

「どうして目を逸らすんだ」


 むっと眉をひそめたルイに、返事はしない。


 彼女は手を伸ばして、カガリの両頬をぎゅうと挟んだ。無理やり正面を向かせて視線を交わらせる。赤い瞳が不機嫌そうに、けれど真っ直ぐにカガリだけを見ていた。


「僕は君に礼を言っているんだ」

「……じゃあ離してもらっていい……!?」

「僕の方を見て、どういたしましてと言え。さあ、早く」

「なんで命令形なんだよ! もっとしおらしく感謝したら!?」


 小さくて柔らかな手のひらなのに、思いのほか力が強い。顔を背けようとするが、全力で押し戻してくるから首の筋がやられそうだ。もうすでに骨がギシギシと不吉すぎる音を立てている。


 なぜこんな目に合っているのか、カガリにはさっぱり見当がつかなかった。


 しばらく攻防を続け、最終的には「どういたしまして!」とやけくそになって叫ぶ。


「これでいい!?」

「君はどうして息切れしているんだ?」

「何から何までおまえのせいだけど!?」


 首をさすりながら苦情を申し立てるが、疑問符しか返ってこなかった。彼女はそういう人間である。すべて馬鹿らしくなってきて、大きくため息をついた。


 22時の鐘が打ち鳴らされる。結局ろくな話し合いもできずに、時間だけ過ぎてしまった。


 もう一度だけため息を吐く。いい加減に痛くなってきた膝をさすって、立ち上がろうとしたとき、ルイが「君は」と漏らした。


「……君は、訊かないんだな」

「何が」

「僕がどうして男装までして、ここにいるのか」


 ランプがちかちかと点滅して目に眩しい。


 ふと思いついただけなのか、それともずっと言おうとしていたことなのか、カガリには判別できなかった。けれど彼女がそれなりの覚悟を持って口にしたことはわかっていた。今のカガリになら秘密を打ち明けてもいい、という意味なのだろう。


 ああ、と呟いてカガリは視線を落とした。緑色の瞳はわずかにさまよい、ふたたびルイを映した。


「言うほど興味ない。脅迫してバディ組めるなら正直なんでもいい」

「外道の台詞だね!?」


 本心を言ったら罵倒された。心外である。


 カガリは少し驚いたように目を丸くし、それからゆっくりと口角を上げて、ルイと視線を交わらせた。


「そっちこそ都合いいんじゃないの? 下手に踏みこまれない方が何かと安心でしょ」

「……そうだね。うん、そうだと思う」

「俺のこと、気に食わないくせに」

「まったくもってその通り」

「深々と頷かないでもらえる? おまえだって相当いけすかない奴だけど?」

「それでも僕たちはバディだ」


 彼女の拳がゆるく握られた。


「君と組むのを選んだのは僕自身だ。ならば通すべき筋というものがある。それに君のことは気に食わないけれど、悪人だとは思っていないよ。人の秘密を吹聴するような人間じゃないことも知っている」

「…………何それ」

「また顔を逸らす! 人と話すときは目を合わせるものだろう」

「首が、俺の首がへし折れる!」


 強制的に「ごめんなさいね!」と叫ばされたカガリは、ぜえぜえと息をしながら両ひざをついた。これから4年間、自分の首筋を守りきる自信がなくなってきた。


 腰を上げて静かに立ち上がる。机の上のグラスを手に取って水をなみなみ注いでいると、彼女がひとり言のように呟いた。


「クラウディア子爵家には2人の子どもがいたんだ」


 一瞬手を止めた。けれどまだ水を注ぐ。


 背を向けたままのカガリに、彼女は何も言わずに話を続けた。


「子どもは双子として生まれた。男女の双子だ。兄であるルイ・クラウディアが子爵家を継ぐことは生まれたときから決まっていた。1歳になる前から婚約者もいて、それがエリザだ」

「…………」

「エリザとも長い間一緒に──3人で過ごした。僕たちは双子の男女だったけれど、とてもよく似ていてね。家族やエリザ以外は時々見分けがつかなくなるくらい、本当にそっくりだったんだ」


 カガリはずっと手元だけを見ていたから、彼女がどんな顔をしているか分からなかった。けれどその声は、過去を懐かしむようで──感傷的だな、と思う。


 彼女はしばらく黙っていた。やがて、呟くように言った。


「でも本当のルイ・クラウディアはもういない」


 グラスから水が溢れて、伝っていく。


「…………?」

「どこにもいないんだ」


 だったら、今ここにいるルイ・クラウディアは?


 カガリは思わず振り返っていた。彼女は赤い瞳を細めて、柔らかく微笑んでいた。2人の目が合う。けれど彼女がカガリを見ていないことを直感していた。


 その目には優しさとか慈しみとか、切なさとか諦観とか、決意とか──たくさんの感情が溶け合っていて、何を考えているのかわからなかった。彼女はわずかに目を伏せる。


「だからあの日から、僕がルイ・クラウディアなんだ。それ以外の誰でもない」


 この先も、ずっと。

 彼女はそう付け加えて、両目を閉ざした。



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