第16話 踊る作戦会議
エリザはほとんど悩んだ様子もなく呟いた。最初から考えていたかのような自然さで、その言葉を口にする。
「……ちなみに、なんで?」
「猫みたいだなあ、と思っていたんです」
瞳が優しく細められる。
「この前の試合を最前列で見ていました。カガリさんが木の上を飛び回ったり、霧の中からふらっと現れて消えたり。ルイの走る姿がとてもしなやかだったり。猫みたいで面白い動きだと思っていました。ですからもしお2人に名前がつくなら、キャットがいいなあ、と」
「なんだ、最初からエリザに訊いておけばよかったんだね」
「無駄な時間だったなあ」
カガリは近くに置いてあったペンを掴むと、空欄に『キャット』と書きこんだ。ひときわ濃い文字は、インクがにじんで黒くかすれた。気にせずテーブルの端に寄せてしまって前を向き直る。エリザが「良かったのでしょうか」と小声で零すから、カガリは短く笑った。
「割と汚い戦略とったのに、好印象らしくて安心した」
「君は猫というより猿だったけどね……」
「自分でも薄々思ってたのに、おまえに言われるとなんでこんなに腹立つんだろ?」
「図星だからじゃないか?」
「おまえはどっちかというと子猫だよ」
「僕を罵倒していることは何となく察したから、やっぱり表に出ろ」
「お上品な貴族様はことあるごとに決闘挑んでこないんだよ。手袋メーカーと長期契約でもしてんの?」
エリザはもう慣れてきたのか、もしくは無駄だと悟ったのか苦笑するだけだった。代わりに温かいポットから紅茶を注いでそれぞれの前に置く。ルイは無意識のうちに手を伸ばして口をつけたので、言い争いはひとまず収まった。
真似するようにカガリも一口飲んでみたが、かすかに混ざる薔薇のにおいと甘酸っぱさが苦手だ。おまけに極度の猫舌なので火傷した。踏んだり蹴ったりである。うっと顔をしかめてカップを置く。
「ようやく本題だ。今度の演習――レオナルド・アルバーニの対策をしよう」
彼女は軽く腕を組んだ。カガリは片肘をつく。
「向こうもバディってことは、組んでるのは一緒にいた付き人?」
「ベル・エメットだね」
「バディ名はクラウンです。すでに正式登録されています」
エリザが散らばった資料を数枚めくった。
「軽く調べてみましたが、やはり学年ランク1位はレオナルドさんですね。個別ランクまではわかりませんが、オールラウンダーと思われます」
「僕と同じタイプだね」
「じゃあ2人がかりで、そのレオナルドってやつを抑えたらいんじゃない? 付き人はいったん無視してさ」
「いえ――おそらく難しいと思います」
エリザの整えられた爪先が、資料の1枚を指し示した。
「ベルさんとは授業でお話したことがあります。彼女は魔導ランクで1位です」
「1位!?」
テーブルがガタンッと音を立てた。思わず両手をついてしまったルイは、「す、すまない」と口ごもりながら座りなおした。
「エリザで10位だったね。君より上ということは、相当な使い手だ」
「彼女は超広範囲の魔導を得意としています。威力を抑えれば、フィールド全体を覆うこともできるかもしれません。そうなれば魔導で防御できないカガリさんは、まず落とされます」
「相性が悪すぎる! 絶対に避けなければならない組み合わせだ」
「……でもそれって、逆もあるんじゃない?」
「逆?」
「魔導に偏ってるタイプなんでしょ? なら近接にさえ持ちこめれば、さくっと落とせるじゃん。俺が一騎打ちするっていう展開もアリだと思ううけど」
「けれど君じゃ近づくことすら――」
言いかけた言葉を遮るように、夜の鐘が鳴り響いた。ルイはぴくっと目元を動かして振り返る。生徒は22時には自室に戻らなければならない。今の鐘は30分前を知らせる予鈴だ。
「残りは俺らの自室でやろう」
時計に目をやったカガリは、資料をまとめながら立ち上がった。




