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第14話 勝手にやってきて勝手に去る主従


「み、耳が痛い」

「デカい、声が圧倒的にデカい。おおよそ日常に使う音量じゃない。強盗?」

「ああ、悪いな。学院中探し回ってようやく見つけたものだから、つい」


 透き通るような金髪と青い瞳。見覚えがあるのは、彼が同学年だからだろう。けれど話したことはないし、ましてや勢いよく迫られるような関係でもない。カガリたちが若干身を引いているのにも気付かず、「まさかこんな部屋にいたとは!」と笑った。


「補習か? 難儀な成績だな」

「ねえコミュニケーションって知ってる? 人は出会い頭に他人を罵倒しちゃいけないんだよ」

「ん? 侮辱したつもりはないが、気を悪くしたならすまなかった」

「……やけにあっさり謝るじゃん」

「おれは話をしにきただけだ。悪意があると思われては困るからな」


 悪い人間ではなさそうだ。彼は堂々とした足取りで近づいてきた。カガリたちの机の前で足を止めると、愛想のいい笑みを浮かべる。


「だが授業はきっちり受けた方がいいぞ。おまえの成績ははっきり言って悲惨だ」

「コミュニケーションできないやつは森に帰れ! そして二度と戻って来るな!」


 悪意がなければ何を言ってもいいわけではなかった。しっしっと手を払うカガリをなだめつつ、ルイは腰に手をやった。


「カガリの成績が悲惨なのは事実だけれど、言い方というものがある。第一、彼は地頭が悪いわけじゃない。ただ怠けているだけだ!」

「それフォローしてるつもりなの? おまえも森に帰る?」


 どうやらこの部屋に味方はいないようだった。カガリはペンを置くと、背もたれに寄りかかった。


「それで何の用? 俺は見ての通り忙しいんだけど」


 彼は思い出したように「ああ」と呟き、背筋を正した。


「おれはレオナルド・アルバーニ。アルバーニ伯爵家の爵位継承者だ。同じ1年生で、星霜祭の予選トーナメントにも出場している。先日の初戦で勝利したと聞いてな、興味を持った」

「それはどうも。補習室の住人で悪かったね」

「今度の授業でバディの実践演習があるだろう? 希望があれば対戦相手を選べるらしいから、ぜひ相手になってもらおうと思ってな」

「丁重にお断りするよ」

「うん、ありがと――」


 レオナルドはゆっくりと首を傾げた。


「んん? お断り?」

「俺はまったく興味ないし。ってか、無礼な貴族様はうちのバディ一人で充分なんだよ」

「もし僕のことを言っているなら、今晩眠る前にお祈りでもしておくことだね」

「とにかくそういうの間に合ってるんで。お帰り口はあちらですよ、アルバーニ公」


 カガリは「以上」と肩をすくめ視線を逸らした。一方でそばに立っているルイは、少し考えるように目を伏せた。そしてカガリの耳元に口を近づけて、ぼそぼそと話す。


「――この申し出、受けないか?」

「はあ? なんで」

「レオナルド・アルバーニは、おそらく学年ランク1位だ。近接・魔導ともにずばぬけていて、すでに最高学年に匹敵する実力がある。アンリ・ルノワールの再来だとも噂されているらしい」

「…………何それ」


 思わず手が動いて机をガタンと揺らしてしまった。ペンが転がり落ちて音を立てる。


 アンリ・ルノワールはこの学院の卒業生にして、史上最強の魔導騎士である。


 20歳で卒業すると、その足でプロトーナメントに参戦。史上最年少で優勝して1つ目の称号を得た。それから7年がたったというのに、いまだ敗北を知らない。


 無敗の王。

 実際に会ったことのあるカガリにはわかる。あの男の強さは本物だ。


 隙のなさ、視野の広さ、魔導剣だけに頼らない体術、細身を補う体重移動――魔導のことはよくわからないが、きっとトップクラスの実力なのだろう。人をおちょくったような態度は気に入らないが、すべて彼の強さからくるものである。


 そんなアンリに重ねられるような人間が、この学院に、ましてや同学年にいてたまるかとカガリは鼻で笑う。


「トーナメント、いつ当たるの?」

「別ブロックだから当たるとすれば決勝戦だけだ。でも正直、彼なら勝ちあがってくる可能性が充分ある。手合わせできるなら今のうちに戦力を確かめておきたい」


 なるほどね、とカガリは声に出さずに呟いた。大きくため息をついてから彼の方へ向き直った。


「いいよ、やろう」

「その気になってくれたか! おれたちの敵ではないが、初戦を勝ち抜いた同期とあれば期待もできる。一度戦ってみたいものだからな」

「なに、煽ってんの?」

「うん? 事実だろう。おまえたちはおれより弱い」


 レオナルドはいたって純粋な目で「ははは!」と笑い飛ばした。尊大な口調だが虚勢には見えない。本当に、心から思ったことを言っているだけだ。


 カガリは顔をしかめたまま口を閉ざした。言い返すのは簡単だが、トラブルになる面倒さを天秤にかけるなら、ここは黙っていた方が得策だ。何ということはない。見下されることにはもう慣れている。


 けれどルイは貶されたまま引き下がる人間ではない。


「黙って聞いていればいれば、君――!」


 ルイが一歩前に踏み出した。小さな身体がやけに大きく見える。レオナルドの我の強さが異常なら、ルイのプライドの高さもいい勝負である。


 勝手に言い争うのは構わないが、火の粉が飛んでくる前に退散を──カガリが身を引いたとき、教室の扉がまたしても開いた。


「いッ!?」

「………調子に乗りすぎ」


 スパンッと、いい音が鳴り響いた。高笑いを続けていたレオナルドだが、真後ろから頭を殴打されてその場にうずくまった。


「坊ちゃん、ほどほどに」


 背後に立っていたのは女子生徒だ。肩までの赤髪をきっちりとまとめている彼女は、冷ややかな表情で見下ろした。ルイよりも小柄で顔つきも幼く見えるのに、まとう威圧感に全員が固唾を呑んでいた。


 涙目のレオナルドだが、それでも尊大な表情を崩さなかったところだけは尊敬できそうだ。


「……素で話せ、ここでは上も下もない……」

「だったら遠慮なく」


 とどめの一撃とでも言わんばかりに丸めた教科書を全力で振り上げてぶん殴る。唖然としているカガリたちに目をやると、無表情のまま会釈した。


「わたしはベル・エメット。レオの付き人。この人の言うことは深く考えなくていい。ただの馬鹿だから」

「……は、はあ」

「レオのバディでもあるから、先生への手続きはこっちでやっておく」


 彼女はレオナルドの首根っこを掴むと乱暴に引きずり始めた。粗大ごみを扱うときとほとんど同じ手つきだ。ぎゃあぎゃあと喚いているレオナルドだったが、「うるさい」の一言で撃沈させると、教室の扉を閉めた。


 言葉を挟む隙すらなく、無言で見送るしかなかった。ふたたび静まった教室でルイは呆然と呟いた。


「……僕たちは何を見せられたんだ……?」

「さあ……?」


 嵐のような主従に、カガリも言葉を失っていた。


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