第13話 補習室の住人
学院の授業は週に4日。スケジュールは日によってまちまちだ。1学年100人の生徒が講堂に集まっての座学や、フィールドを使った実技、現役の魔導騎士を招いての講演会など、さまざまなカリキュラムをこなしながら、四年間で成長していく。
とはいえ1年生は座学が中心だ。まずは一般教養から専門科目までひたすら知識を詰めこまれる。勉強などという行為には縁のなかったカガリにとって、座学は苦痛でしかなかった。当然成績も振るわない。
早くも補習の常連客となっているカガリは、補習室を我が物のように扱っていた。ルームメイトの彼女は「そんな部屋でふんぞり返って恥ずかしくないのか?」と辛らつな一言を放った。
「もはや君専用の椅子が用意されているじゃないか。ネームプレートが付けられるってどういうことなんだ……」
「便利じゃない? 座り心地も結構いいし」
「君は不名誉という言葉を知らないのか?」
教鞭に立つルイは明らかに引いていた。規律と誇りに生きる彼女からすれば、理解しがたい生き物でしかないのだろう。カガリはペンを回しながら「そういや」と口にした。
「なんで補習室にルイがいるの? おまえも一緒に補習?」
「それ以上僕を侮辱するようなら、葬列の手配をすべきだね」
「近年のキレやすい子ども? こわっ、近づくのやめとこ」
「君があまりにも補習のペースを上げるから、教科担任の仕事が追いつかなくてついに過労で休暇を取られたんじゃないか! だからルームメイトの僕が代理を依頼されたんだ! 少しは反省したらどうだい⁉」
「大変だなあ。まあ、頑張って」
「ところで君は体罰についてどう思う?」
「補習終わる頃には俺血まみれになってない? 大丈夫そう?」
ルイは最終手段(固く握りしめた拳)を出してくるのが早すぎる。冗談ばかり言っていると普通に殴られそうなので、カガリは大人しく補習を受けることにした。
ルイはプリントを山積みにすると、さっさと教壇へと戻った。
「僕はただの見張りだから手伝わないよ。怠惰の責任は自分で取るべきだ」
「はいはい」
とりあえず一枚目をめくって少しずつ書きこんでいく。カガリのために用意された別冊教科書は、表紙に『10歳でも分かる!』と書かれているが、カガリは立派な16歳である。失礼極まりないと思ったが、実際わかりやすいのだからぐうの音も出ない。
「光ってなんで曲がるんだよ。真っ直ぐ進めばいいじゃん……」
がしがしと髪をかき乱した。ルイは我関せずといった様子で立っていたが、手元をまじまじと見つめていた。視線を感じつつも無視していたが、1分ごとに距離を詰めてくる。じわじわとにじりよってくるルイは無言で真顔だ。
「……いや何? めちゃくちゃ近いんだけど」
「気にせず進めてくれ」
「じゃあ真後ろにぴったり張り付くのやめてもらっていい?」
「守護霊的なアレだよ。集中しないときは実力行使で勉強させる」
「呪殺されかけてる!?」
どうやら気になって仕方がないらしい。けれど自分から「手伝わない」と宣言したものだから、引っこみがつかないのだ。
彼女はどちらかといえば世話焼きな性分である。目の前でうんうん唸っている人間を見て、何もせずにいられる性格ではない。だというのに意地を張って、冷静なふりをしようとするから失敗する。最終的にはカガリの隣に椅子を引っ張ってきて、「光はこう屈折するんだよ! こう!」と激しい実演を見せてくれた。
「その調子で全部やってくれたらいいのになあ」
「はったおすよ!?」
「よし、いったん落ち着いて品位を保とっか」
これ以上怒らせると話がややこしくなりそうだ。カガリは「反省してまーす」と棒読みで言ってから、ふたたびプリントに向き合った。
空いた窓から風が吹き込んで、カーテンが揺れる。補習室にいるのはカガリとルイだけで、2人とも口を閉じればあっという間に静かになる。ときどき廊下を通り過ぎる足音や話し声は聞こえるが、すぐに消えてしまう。
「…………」
ルームメイトなのだから2人きりの空間には慣れているはずだ。けれど自室の外で2人になったことは、思い返してもほとんどなかった。沈黙でも居心地が悪いということはないが、妙な緊張感があって落ち着かない。ルイも同じなのか指先をそわそわと動かしていた。
「………あのさ」
何となく口を開きかけたそのとき、足音が部屋の前で止まった。補習室に用がある人間など思い当たらない。2人で顔を見合わせ、くるりと扉の方を見やり――。
教室の扉がスパンッと盛大に開け放たれた。
「カガリ・テイラーとルイ・クラウディアはいるか!?」
扉はガンッと跳ね返ってまた閉まる。そっと開きなおした男は、道場破りのごとく仁王立ちしていた。




