第1話 墓守と魔導騎士
その少年は墓守だった。
陽光の差しこまない、じめじめとした薄暗い庭園。無数の白い墓石。どこか遠くで響く野犬の遠吠え。そんな場所がカガリの生きる世界だった。
その日も懲りずに数人の墓荒しがやってきた。暗闇と同じ色の服をまとったカガリは、足音も立てずに忍び寄り、そして――。
「……まっず」
大木の腰かけたまま、うぇっと顔を歪ませる。
墓荒しを仕留めるのは簡単だ。背後から仕掛ければ終わりなのだから。
せっせと身ぐるみはがして、出てきたのは汚れた銅貨が数枚と村の木からもぎったらしい果実が一つ。けれどまったく熟れていない。思わず吐き捨てたカガリはぽーんと放り投げる。そのうち土に還って、もしかすると木になるのかもしれないし、ならないのかもしれない。どちらにしても、庭園で一生過ごすしかない自分には関係のないことだ。
空の端がほの明るくなってきた。そろそろ太陽が昇り始める時間――カガリの仕事も終わりだ。足をぶらりとさせて飛び下りようとした瞬間、遠くで鈴の音が聞こえた。
「――あーあ、ついてない奴だな」
ぽつりと呟く。庭園に張り巡らされている索敵の糸に引っかかったのだろう。
若い優男が一人。
丸腰だ。
カガリは葉音も鳴らさないで枝の上を移動する。男は何食わぬ顔で門をくぐり、庭園に足を踏み入れた。真っ直ぐこちらへ向かってくる。視線は遠く、カガリに気付いてもいない。
はあ、と吐いたため息は寒空に消えた。
「間抜け」
カガリは膝を枝に引っかけ――ぐるんと後ろに倒れる。
突然空中から現れたように見えるカガリを避ける術はない。腰から素早く錆びたナイフを抜く。男の頭を掴んで固定してしまえば、もう逃げられない。あとは柄で思いっきりこめかみを殴ってやれば昏倒する。それからゆっくり身ぐるみを剥いで、庭園の外に放り捨てるだけだ。
いつもと同じ。
いつもと同じ簡単な仕事――だと思っていたのに。
「……っ⁉」
「空から罵倒が降ってくるなんて、今日はついてないね」
男はカガリの手をすり抜ける。片腕でカガリの細腕を弾いたかと思えば、強く握りこむ。
掴まれた、と思ったときにはもう遅い。引きずられるように木から振り落とされていた。
柔らかい土の上に叩き落とされたカガリは、すぐさま身体を跳ね起こした。本能だけで飛びのこうとうするが、しかし足と足の間を縫うように剣が突き刺さっていた。ズボンの布地が貫かれて動けない。
おかしい、丸腰だったはずなのに。
「……っ、なんで剣が……」
「うん? これは出しただけだよ。魔導剣だからね」
男が柄を握りなおすから両目を見開く。とどめを刺される、と思った。なのに男は剣を引き抜いて土を払うだけで、カガリに剣先を向けようともしない。
「…………?」
「あれ、魔導剣が分からない? 君、10歳くらいだよね。基礎魔導の授業ちゃんと聞いていないのかな」
「……学校なんか、行ってない……」
一生蔑まれる墓守に、庭園以外の居場所なんてありはしない。男はわずかに首を傾げて、それからゆるやかに口角を上げた。
「見てごらん」
男は小さく「灯火」と呟いた。彼の思ったよりもぶ厚い手のひらに、橙色の火が浮かんだ。本物の炎と同じような光と熱を帯びるそれは、きっと魔導によるものなのだろう。魔導とはどういうものなのか、カガリはよく知らなかったけれど。
「これも何かの縁だし教えてあげるよ。こんな仕事をしているのなら、明かりは自分で出せたほうが方が便利だろうし」
「はあ……?」
「いい暇つぶしになりそうだ」
優男はにこりと笑った。
そして彼は本当に、カガリに魔導を教えた。
夜明け前に庭園にやって来ては、襲おうとするカガリを捕まえて地面に転がす。そして両手を取ってほとんど無理やり魔力操作の勉強をさせる。そして日が昇る頃には帰って、また次の夜明け前に来る。そんなことの繰り返し。
7日してようやく灯火が形になった。そして男は思い出しように「帰ろうかな。そろそろ行かないと間に合わなくなる」と呟いた。
「あんた、誰なんだよ。墓荒しじゃないならどうしてこんな場所に通ったんだ」
「私はただ墓参りがしたかっただけなんだ。古い友人のね」
「はあ!? だったら許可書を取ってくればいいだけ――」
男は服についていた砂を払うと、ゆっくり立ち上がった。カガリの言葉を遮るみたいに、悪戯っぽく笑う。
「もう一つの質問。私が誰かだけど――それは内緒」
最後まで名乗ることのなかった男は、人差し指にはまっていた指輪を引き抜いて、カガリの手に握らせた。
赤い石のはめられたそれは、きっと高価なもので、カガリへの情けのつもりだったのだろう。瞬間、カッとなってつき返そうとした。けれど男に押さえつけられて指を開けない。
「もし知りたいなら会いにおいで。今度は君の方から」
男はそれだけ言って、もう二度と戻っては来なかった。
そしてカガリは知る。その男が歴代最強の魔導騎士、アンリ・ルノワールであることを。




