月詠暦
4月11日火曜日放課後。
またもや学級委員の面倒事として
雑務をこなしている二人の生徒がいた。
言うまでもなく、和泉と逢瀬である。
「ねぇ、逢瀬君。
テニス部の月詠って子、知ってる?
一年の女子にいるらしいんだけど。」
今日二人がやっているのは、
クラスの生徒達の名簿作成だ。
出席番号や名前、所属している部活、
委員会に加入しているか等、
色々なことを書き起こしている。
こんなのは普通、
担任の教師がすることなのだが、
和泉達の担任である女教師は
忙しいからとのことで、
逢瀬に押し付けてしまった。
逢瀬も逢瀬で断りもせず
すぐに了承してしまうので、
学級委員の片割れとしては
仕事が余計に増えているだけなので、
担任にはきちんとして欲しいものだ。
「月詠さん…?あぁ、知ってるよ。
一年三組の月詠暦さんでしょ?
テニス部の期待の新人で、
運動神経抜群な上に、
愛想もスタイルも良くてとっても可愛い。
入学式が終わってから早々に
テニス部に殴り込みをかけて
全員倒しちゃったっていう。
しかも、その日のうちに
10を超える男子から告白されて、
片っ端から断ったとか。
一年生の中でも特に有名だと思うけど、
その子がどうかしたの?」
本当に、和泉は逢瀬を恐怖に感じる。
こちらから何か聞けば、
こちらの求めている答えを
ピタリと言い当ててくるからだ。
ただ、その凄さがあって、
逢瀬は周囲から一線を引かれているのだが。
ともあれ、今の逢瀬の回答の内容は、
和泉もすでに知っていたことである。
クラスメイトともろくに会話をしない和泉だが、
この烏城高校に在籍している人間で
逢瀬冬馬、十六夜鉄弥、月詠暦、面影楓の
四人の生徒の名前を知らない者はいない。
四人それぞれの苗字に
大和言葉が入っていることから、
彼らは烏城高校の『大和四人衆』と
言われているとかいないとか。
誰が言い出したのかは知らないが、
やはり日本語とは美しいものである。
「えぇ、実は十六夜君から相談を受けてね。
彼から話を聞く限り、
その月詠という女子生徒は
ストーカーの類いをやっているらしいわ。」
それは昨日の続きの話だ。
十六夜と家まで送る道中で、
和泉は十六夜から話を聞いていた。
きちんとした日時までは不明だが、
今から約2年前の夏頃あたりの
ある日から、十六夜のことを
月詠がストーキングしているらしい。
学校帰りに街角で待ち伏せをされたり、
十六夜が寄ったお店に入ったり、
十六夜のいるクラスを覗きに来たり、
部活中にも来るという。
まだ何か具体的な被害に遭ったり
不利益なことは起こっていないようだが、
それでも十六夜にとって、
いや、一般的な思考として、
誰かにつけまわされるというのは
気持ちのいいものではない。
「それもここ最近の話じゃなくて、
中学の時からつけられてるらしいわ。
地元の高校からたくさんの推薦があったのに
その子を気にしてわざわざここを受けて、
中学校卒業と同時に
なくなったと思っていたら、
その子が同じ高校に来て
またつけまわしているって。
どう考えても普通ではないでしょ?」
はぁ…とため息を吐いて、
和泉はイスに大きくもたれかかった。
人をつけまわすなんて、
よほどの理由がない限りは有り得ないことだ。
それも、男女間の恋愛絡みや
一方的な恨みでもなければ。
そして、十六夜が和泉に頼んだことこそ、
月詠のストーキングを
やめさせて欲しいということだ。
だがしかし、和泉と月詠に
面識がある訳ではないため、
月詠を呼び出して説得しようにも、
こちらの言葉が届くとは思えない。
本来なら警察に通報したり
親に相談すればいいのだが、
実害がない上に悪意を感じないからと、
大事にはしたくないらしい。
「全く…面倒なことになったわ……。」
「ふ〜ん…。」
項垂れる和泉とは対照的に、
逢瀬は興味を示している。
口元に黒のペンを当てて、
何やら考えているようだ。
和泉にとっても、
逢瀬から助言をもらおうと思っていたので、
手間が省けてちょうどいい。
逢瀬は目を閉じ、浅く呼吸している。
逢瀬の常磐色の髪と
端正な顔立ちが相まって、
知恵を絞るその姿は
まるで迷い人を導く神のようだった。
思わず見惚れてしまいそうになりながら、
和泉は逢瀬の答えを待つ。
そして、逢瀬はゆっくりと目を開けて
微笑みながら言った。
「じゃあ、観察しようか。」




