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「師匠、この人は───」


「十六夜鉄弥ちゃん。16歳。

流歌(るか)君と同じ烏城高校の2年1組で、

バドミントン部の期待のエース。

ブランドホテルに勤務する父親と

イギリス人の母親の元に産まれ、

三人で一緒に暮らしていた。

眩しいくらいの金髪は母親譲りで、

獣みたいなツリ目は父親譲り。

仕事ばかりでろくに会話もしない

父親のことがとにかく嫌いで、

父親似の目を潰したいと考えたこともある。

結局勇気が出ずに未遂に終わったけど、

今でもその願望は抱えたまま。

……そして最近、『蜂』に刺された。」


和泉の言葉を奪ってまで、

千歳は淡々と語った。

先までのおちゃらけた態度はどこへやら、

その言葉に感情は感じられず、

ただ事実を陳列しただけのようだ。

しかし、初対面の人間にそれだけ語られて、

恐怖を感じない訳がなかった。


「な、なんで……。」


千歳の言ったことは全て事実だった。

十六夜の生い立ちから現在まで、

間違っている情報は一つもない。

父親がブランドホテル勤務にしていて、

イギリス人の母親との間に産まれたこと、

見た目の遺伝のこと、

それがコンプレックスなこと、

そして、蜂に刺されたこと。

十六夜は足を震わせて、

力尽きたように床に座り込んだ。


「ふむ…やはり蜂だったのね。

十六夜君の症状を見た時から

何かの毒だとは察していたけど、

つい最近、私も季節外れの蜂を見たから。」


「おっ、流歌君も成長したねぇ。

お姉さんの時なんて、

何も分からずに震えるだけだったのに。」


「私だって、いつまでも師匠に頼られない。

私だけの力で守れるように、

これでも毎日努力してるのよ。」


まるで雑談でもするように、

和泉と千歳は会話している。

それが逆に十六夜の恐怖を助長して、

十六夜は泣き出してしまった。

男なのに情けない、といいたい所だが、

未知への恐怖というのは馬鹿に出来ないものだ。

あれだけ煌めいていた金髪も

どこか濁ったようになってしまい、

十六夜の心が不安定なことを

十分に感じられた。


「あ、流歌君が泣かせたぁ。」


イタズラっぽく笑う千歳を無視して、

和泉は膝をついて十六夜の肩に手を置く。

十六夜が恐怖する気持ちは、

和泉には痛い程に分かる。

自分だけが置き去りにされて、

自分だけが蚊帳の外にいる感覚。

誰も頼ることができず、

どこに逃げればいいかも分からない。

次第に自分自身のことさえ見失い、

自分の殻に閉じ篭もる。

その殻を開けてくれる人が来るまで、

いつまでも孤独な世界にいることになる。


「大丈夫、安心して。

あなたを置き去りにしたりしない。

私1人じゃ心許ないでしょうけど、

今は師匠だっている。」


「……。」


クスンとかわいらしく鼻をすすり、

十六夜はゆっくりと顔をあげる。

涙を瞳にいっぱいに溜めて、

捨てられた子犬のように和泉を見る。

そして和泉は立ち上がり、

十六夜にそっと手を差し出す。

十六夜は涙を拭いて、

眼前にある手に自分の手を乗せた。

和泉は十六夜を立ち上がらせると、

言い聞かせるように言う。


「十六夜君…きっと、あなたにとっては

何もかもが初めての経験で、

分からないことの方が多いでしょう。

でもね、あなたはひとりぼっちじゃない。

師匠だっているし、私もいる。

普通、妖神と遭遇した時に

プロが近くにいることなんてないのよ?」


「そうそう。だから鉄弥ちゃん。

安心して任せていいよぉ。

これでも僕、ちゃんとしたプロだから。

それに今日は流歌君もいるし。」


十六夜の心を支配していた恐怖が、

少しずつ薄らいでいく。

雲に覆われた空の隙間から

暖かな陽の光が差し込んで、

冷えた心が体温を取り戻す。


「…じゃ、じゃあ、千歳さん、和泉…。

よろしくお願いします。」


十六夜は笑顔を浮かべた。

先程は濁っていた金髪も、

今となっては眩しいくらいだ。

ではこれから、妖神と人間の

対話の儀式に移ろうではないか。



まずは用意する物の紹介だ。

白色無地の和紙とロウソク、

桜の木の枝もしくは葉や花びら、

日本酒、綿、手持ち花火。

和紙に日本酒を染み込ませ、

平たい耐熱皿か石に乗せる。

更にその上に桜の枝と綿を乗せて、

その周りにロウソクを立てる。

完成したらそれの前に正座で座り、

十六夜を含む全てを囲むように

手持ち花火を円状に置く。

これで、儀式の準備は完了した。

あとは十六夜を刺した蜂を呼び出し、

適切な対処をすればいいだけだ。


「始めるよ。」


いつの間にか神主の格好に着替えた千歳が

全てのロウソクにマッチで火をつける。

電灯を消した暗い部屋に

ロウソクの火だけが灯り、

どこからか侵入した隙間風が吹く。


「目を閉じて、下を向いて。

僕の質問に、素直に答えなさい。」


十六夜の前に立ち、

千歳は大麻(おおぬさ)を十六夜の頭上に振る。

言われた通りに十六夜は目を閉じ、俯いた。


「君の名前は?」


「十六夜鉄弥。」


「君の母親の名前は?」


「ルーカス・ジン・真夜(まや)。」


「父親の名前は?」


「十六夜政隆(まさたか)。」


「好きな食べ物は?」


「母が作る料理なら何でも。」


「嫌いな食べ物は?」


「お好み焼き。」


「それはどうして?」


「父親の好物だから。」


「自分の好きなところは?」


「母と同じ金髪なところ。」


「嫌いなところは?」


「…父親と同じツリ目なところ。」


「虫や動物は好き?」


「別に、どちらでもありません。」


「では、蜂は好き?」


「はちみつは好きです。」


「そう。では目を閉じたまま、

両手をお椀のようにしなさい。

目を開けてはいけないよ。」


いくつかの問答を続けた末に、

十六夜は千歳の言う通りにする。

言われるがままに手を出して、

お椀のように形を作った。

その手の上で、千歳は大麻を振る。

すると、十六夜は自分の手のひらに

何かの重みをしっかりと感じた。

しかし、目を閉じたまま、

冷静にそれを受け止める。


「何か感じる?」


「はい…何かが、手に乗っています。」


「それが何か分かる?」


「いいえ……。」


「ちゃんと確かめてみて。」


十六夜はそのまま、

自分の手の中の物が何なのか考える。

十六夜の手の大きさから推測するなら、

それの全長は約15cm程。

円形や立方体ではなく、

複雑な形状をしている。

今、それが少し動いた。

生き物だ。肌で感じるには

少しばかりトゲトゲしい。

いや違う。トゲではない。

どちらかと言えば、チクチクだ。

これはきっと……毛だ。

全身を雨風や乾燥から守るための毛。

ならば獣の類いか?

この大きさならネズミかハムスターか。

いやそれらも違う。それらはもっと毛深い上に

もっとふわふわとした毛をしているはず。

手に乗る程の大きさで、

僅かな毛に覆われている生き物…。

……なんだろう。

今微かに手に擦れた感触は。

まるで、セミか何かの羽のようだった。

つまりこれは虫……?

そういえば、千歳が聞いた質問の中に、

それらしい生き物がいたような。


「───っ!」


自分の手に乗る生き物の正体に、

十六夜は思わず体を震わせた。

まだ目は開けていない。

それなのに、十六夜には見えるのだ。

針の部分をヒクヒクと動かし、

僅かに羽を広げている。

黒と黄色のボーダーカラーの胴体に

真っ黒な集合体の目。

それは、『蜂』だった。


「どうやら、見えたようだね。」


十六夜の反応を見て千歳が言うと、

十六夜は首を縦に細かく振る。

いくらそれが大人しくしているとは言え、

普通の3倍くらいはありそうな

巨大な蜂を目の前にして、

生物の本能が恐れない理由はない。

それに、その蜂は十六夜に毒を射った張本人。

それがただの蜂でないことは、

十六夜にだって分かっていた。


「それじゃあ、やろうか。

流歌君、フォローよろしく。」


千歳の言葉に和泉は頷く。

十六夜の手の上に大麻をかざして、

さっと一つ。また一つ。

すると蜂は、急に暴れ出した。

藻掻く苦しむように、

手のひらで転げ回る。


「な、なんだっ!?」


突然訪れた未知の感触に、

十六夜の恐怖は膨らんでいく。

その十六夜の両肩に手を置いて、

和泉は優しく諭すように言う。


「心配しないで。今、その蜂に働きかけて、

あなたの中の毒を解毒しているから。

そう長くはかからないわ。」

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