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20/23

あの夏の日に

───2年前の夏のある日。

その日は夏の全国大会へ向けての

高校予選大会が行われていた。

たくさんの選手がユニフォームを身に纏い、

テニスラケットを手にコートを駆け回る。

午後2時17分、多くの観客の眼差しに

見守られながらその戦いは始まった。

烏城高校の和泉流舞と藤川珠代ペア対、

光陵高校の岡本と清原ペア。

お互いに三年生同士で、

今年が最後の大会となる。

この試合に勝った方が

全国大会への出場が決まるという大一番。

試合はまさに一進一退の接戦で、

セット数は1対2と光陵側がリード。

迎えた第4ゲームはデュースにまでもつれ、

サーブは藤川。流舞の親友であった。


「たまちゃん、気持ちだけは負けないで!

最後まで思い切り攻めていこう!」


ラケットを構える藤川に

前衛から言葉を飛ばし、

藤川がサーブを打つのを待つ。

他のテニス部員の応援が聞こえてきて、

思わず手に力が入る。

何としてでも流れを掴みたい大切な場面。

藤川はボールを真上に高く放り、

サービスエリアの外側を狙って

全力でラケットを振った。


「フォルト!」


パァン!と高い音が響き、

物凄いスピードでボールが飛ぶ。

しかし、惜しくもボールは

コートの外に出てしまった。


「大丈夫!今のコース良かったよ!」


今のボールが入っていれば、

サービスエースの可能性もあった。

そのくらいいいボールだった。

しかし、コートに入らなければ

ポイントは与えてくれない。

少しだけ体を右に向けて、

もう一度全力でボールを放つ。


「ダブルフォルト!

アドバンテージレシーブ!」


この場面でまさかのダブルフォルト。

相手にただでポイントをあげてしまった。

その結果、相手のマッチポイントとなり、

次のポイントを相手が取れば試合終了、

流舞のペアは負けてしまい、

それと同時に高校のテニス人生も終わる。


「大丈夫大丈夫。いいサーブだったよ。

今日はサーブの調子いいんじゃない?

だから、あとのサーブも全力でいこう。」


すぐさま流舞は藤川に駆け寄り、

頭を撫でながら声をかけた。

次のポイントを取られたら負けるという

プレッシャーを感じている藤川は

無言で一つだけ頷いた。

このサーブも全力で、と

頭では分かっていても、

恐怖が藤川の心に侵食してきた。

ラケットを構え、ボールを真上に投げる。

そして、確実に入るように力を抑えて

コートの中央を狙った。

ボールは見事にサービスエリアに入り、

岡本がそれを後方へ打ち返すと、

藤川も同じように後方へ返す。

お互いに相手の前衛を警戒しながら、

丁寧に、だが力強くボールを打つ。


「たまちゃん!右サイドいくよ!」


岡本がボールを打った瞬間、

流舞は藤川に向かって叫んだ。

それを聞いた藤川は

緩やかなボールを飛ばす。

すぐさま二人ともがコートの右側に寄り、

岡本のボールを待つ。

これは、あえて二人ともが右に寄ることで

相手が左サイドへ打つように誘導するという、

流舞考案のフォーメーションである。

相手の後衛がボールを打つ直前に、

左へきたボールを撃ち落とさんと

前衛である流舞が左へ走ることで、

相手の判断を狂わせる。

ただ、このフォーメーションは、

左へきたボールを前衛が、

右へきたボールを後衛が

返さなければならないため、

お互いへの信頼が大事になる。

ムードメーカーの流舞らしい、

大胆な作戦だった。

右か、左か。岡本の判断は……。


「たまちゃん!」


右だった。藤川目掛けて、

岡本の渾身の一打が飛んでくる。

それを、藤川も全力で打ち返す。


「うりゃあぁぁぁぁぁぁ!」


男子まで圧倒するような、

豪快な咆哮と共に

藤川はラケットを振り抜いた。

あまりの威力にボールは歪み、

弾丸のようなスピードで直進する。

全てがスローモーションになったかのように

音さえ失った白黒の世界で、

誰もが固唾を呑んだ。

──パチィン……と甲高い音が鳴り響いた。

ネット上部の白い部分に当たって、

コロコロとボールは転がった。


「ネット!ゲームカウント1対3!

ゲームセット!」


ここに、一つの夏が終わりを迎えた。

岡本と清原は勝利のハグをして、

藤川は呆然と膝をついた。


「あちゃー!負けちゃったね!

でも、思い切りやれたから、後悔はない!」


悔しそうにしながらも、

流舞は元気に笑顔を浮かべていた。

藤川の肩を支えながら、

背中を優しくさする。


「ほらたまちゃん、ちゃんと立って!

相手の人と握手しなきゃ。

先生の所に報告も行かないと。」


試合後の握手を交わす時でさえ、

流舞は変わらず笑顔だった。

全国に行っても頑張ってねと、

相手の二人に声をかけていた。

それに対して相手は何か返していたが、

藤川の耳には届かなかった。

そして、顧問への報告まで済ませた後、

流舞と藤川は二人でベンチに座る。


「これで、私達の夏も終わりかぁ。

大変なこともたくさんあったけど、

なんだかんだ言って楽しかったね。」


いつもと変わらぬ笑顔で、

流舞は陽気に言った。

何も後悔はないと、

下を向いてはいられないと、

そういう表情だった。


「なんで…何も言わないの……?

なんで、私を責めないの……?」


不意に、藤川は口を開いた。

顧問に報告する時にさえ

黙っていた藤川が、

独り言のようにポツリと言った。

ただそれでも、流舞の耳には届いていた。


「たまちゃんはさ、責めて欲しいの?」


ムードメーカーとして

普段から騒がしい流舞に対して、

藤川は物静かで落ち着いている。

大胆な作戦をよく実行する流舞、

一点ずつ確実に取りにいく藤川。

魚より肉が好きな流舞、

うどんよりそばが好きな藤川。

何事でも対極に位置する二人は、

部内ランキングが近いからという理由で

ペアを組んでからというもの、

価値観の違いもあってよく衝突していた。


「最後…私のミスで負けたのに……!」


それでも一緒にいた理由は、

お互いもよく分かっていなかった。

ただ、二人で一緒にやるテニスが

この上なく楽しかっただけだった。


「最後のサーブだって…!

るーちゃんに言われた通りにしなかった…!

失敗したらどうしようって、

不安になって、思い切り打てなかった…!」


藤川は、大粒の涙を滝のように流して、

子どもみたいに泣きじゃくった。

いっその事、流舞に責められた方が

何倍もマシに思えた。

弱かったのは自分だから。

だから、陽気に笑ってないで、

思い切り怒って欲しかった。


「私の…私のせいで負けたのに……!」


「そんなことない。」


優しく、母のように、

流舞は藤川を抱きしめた。


「そんなことないよ。

自分を責めないであげて。

私、たまちゃんのおかげで

ここまで来れたんだから。

いつもたまちゃんが叱ってくれたから、

こんなにも強くなれた。

たまちゃんがそばにいてくれたから、

私にも居場所があった。

たまちゃんは私の大切な友達だから、

だから…思い切り泣いていいよ。

たまちゃんが私を導いてくれたみたいに、

今度は私がたまちゃんの涙を拭うから。」


彼女達の夏は終わった。

だが、それは悲しいことではない

後悔の分だけ涙を流し、

想いの分だけ優しくなった。

泣きじゃくる藤川と、抱きしめる流舞。

きっと、どれだけの月日が経とうと

二人の友情は続いていくのだろう。

そんな気がしていた。

そして、その二人の少女のことを、

中学二年生の月詠暦は眺めていた。

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