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蜂の毒は春の初めから

4月10日月曜日。

今日の授業は午前中で終わり、

委員会に所属する者は委員会毎の会議へ、

部活がある者は部活へ、

それ以外の者は帰宅した放課後。

学級委員の全体会議を終えた後に

教室へ戻ってきた二人の生徒がいた。

二人は机を挟んで向かい合って座り、

1枚の紙を前に話をしていた。


「去年も思ったけど、

高校生にもなって遠足って恥ずかしいよね。」


彼が言葉を発する度に、

常磐色の髪が木々の葉のように揺れる。

鈴の音のような凛とした話し声は

彼の高い知性と品性を感じ、

どこか幼げな雰囲気も相まって

学級委員に抜擢された彼の人気の高さを

痛感せずにはいられない。


「そうね…まるで小学生だわ。

まぁ、彼らの知能レベルで言えば

小学生みたいな物でしょうけど。」


気品すら漂う彼とは対照的に、

彼女からはおおよその覇気を感じない。

ジメジメとした洞窟に芽吹く

海藻に似た何かのような彼女は、

片手でペンを遊ばせている。


「まーた和泉さんは卑屈なこと言って。

俺のことまで子ども扱いする気?」


彼女が──和泉が悪態つくように言うと、

彼はそれを小さく笑ってみせる。

まるで、悪いことをした子どもに

親がそれを諭すような言い方だ。

普通なら同級生に諭されれば

反抗心も湧いてきそうではあるが、

なかなかどうして、彼に言われても

不思議と穏やかな気持ちになるだけだった。


「さて、そんなことはいいとして、

早くこれ終わらせて帰ろう。

和泉さんも早く帰りたいでしょ?」


彼はそう言うと、

机上にある紙に視線を落とした。

和泉らの通う烏城(うじょう)高校は毎年4月下旬に

親睦を目的とした遠足会があるのだが、

その行き先の希望を

各クラスから集めることになっている。

提出期限は今週までであり、

他のクラスであればどこかで時間を作って

希望を募り、学級委員がまとめるのだろうが、

和泉と彼のクラスは違っていた。


「参考までになんだけど、

和泉さんはどこに行きたい?

去年の河川敷だった時は

あまり楽しそうじゃなかったけど。」


「どこに行ったところで

私が楽しむなんてことはないわ。

私、群れるのは嫌いだから。

でもそうね…候補を出すとするなら、

ゴミステーションなんてどう?

一緒にクラスの人達も放り込んでやろうかしら。」


「もう…またそんなこと言って……。」


こうして、二人で話すこと5分。

紙にある第一候補から第三候補まで

スラスラと埋めると、

これで学級委員としての

今日の仕事はおしまいだ。

さっさと帰って、

積み本の消化でもしようか。

と、和泉が考えていると、

彼が遠い目をしながら

窓の外を見て言った。


「イジメって、なくならないのかな……。」


細々と告げられた言葉だったが、

和泉の耳にはきちんと届いた。

しかし、彼のその言葉に

正解を答えられる程、

和泉は教養を持ち合わせていない。

そして、和泉が何も言えないことも

彼は分かっていた。

学年で一番の学力の持ち主である彼は、

時々相手の心まで見透かしたような

発言をすることがあった。

彼がいることでその場の空気は流れ、

何もかもが円滑に進む。

1年生の頃からその実力を発揮して

先生にも信頼されるようになった彼だが、

先生からの信頼が厚くなるにつれて、

クラスメイト達からは恐れられていた。

ぜひ、想像してみて欲しい。

自分の考えていることを次々と言い当てられ、

それでいて正しい存在が

自分の周囲にいたら、

きっと誰でも肩身を狭く感じるだろう。

更に言えば、特に男子生徒からの

彼に対する風当たりが強過ぎていた。

すれ違えば誰もが振り返るような

綺麗な顔立ちをしているだけでなく、

スラッとした手足に高い身長、

それでいて、周囲の人間に優しいときた。

その容姿と相まって、彼のことは

男子生徒達には悪魔のようにも見えただろう。

そして、1年生の秋になる頃には、

彼の周りにはほとんど誰もいなかった。

彼自身、自分を顧みる時はあった。

自分の感じたことではなく、

相手が言ったことに同調するようにしても、

現実は変わらなかった。

彼の存在は周囲の人間に流されて、

いつしかゴミの掃き溜めに辿り着いた。

そして、その掃き溜めにいた女こそ、

今も彼の向かいで

ペンをクルクルと回すだけの和泉だった。


「ねぇ、逢瀬(おうせ)君。このクラスに

十六夜(いざよい)って男子がいるでしょ?

あの金粉でも撒いてそうな

キラキラした金髪の。

あの人って何かの病気なの?」


多少強引ではあるが、

その場の雰囲気を変えるように、

和泉は話題を振った。

十六夜。十六夜鉄弥(てつや)

和泉や逢瀬と同じクラスの男子生徒で、

始業式の日に廊下で和泉が遭遇して

保健室まで連れて行かせた生徒だった。

十六夜は人形のように整った

端正な容姿をしている上に、

現役のバドミントン部で

県大会にも出場できる程に

スポーツも得意なことから、

彼のことを尊敬の目で見る生徒は多い。

ただ、周囲と関わりを持ちたくないのか、

他の生徒と仲良くしている姿を見ない。

それに、先日の出来事だ。

あまり公に言えない病気でも抱えているのかと、

和泉はそんな風に思っていた。


「十六夜君?う〜んと、そうだな……。

彼と話したことあるけど、

病気だなんて知らないなぁ。

愛想はないけど真面目な感じで、

運動神経もいいらしいし、

健康そのものみたいな人だと思うよ。

何か気になることでもあるの?」


逢瀬が知らないのなら、

きっと何もないのだろう。

そう思う他にない。

逢瀬に隠し事など誰にもできないのだから。

だから、和泉も十六夜のことは

気にしないようにしようと思い至った。


「いえ、少し気になっただけ。

始業式の日は早退してたし、

今日だって休んでたでしょ?」


きっと、風邪にでもなったのだ。

そうに違いない。


「確かに少し心配ではあるけど、

和泉さんが気にするなんて珍しいね。

やっぱり女の子って、

十六夜君みたいに儚い雰囲気の

かっこいい男子を好きになるのかな。」


「……さぁね。」


逢瀬の軽口を耳で流して、

和泉は席を立った。

もう学級委員としての仕事もないし、

早く帰って積み本を消化しないと。

和泉が鞄を肩に抱えると、

逢瀬は机から本を取り出した。


「俺はもう少し時間を潰してから帰るよ。

また明日ね、和泉さん。」


「えぇ、また明日。」


スタスタと歩き出して、

教室のドアまでやってくる。

その後ろで逢瀬は本を開き、

なにやら難しそうな文字を読む。

そして、ドアに手をかける前に、

和泉は一度振り返って言った。


「逢瀬君、季節外れの蜂には気をつけてね。」


こちらを向いてキョトンとした顔をした後、

逢瀬は小さく微笑んだ。


「うん。気をつけるよ。」


ガラっと扉を開けて和泉は教室を出る。

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