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廃工場を訪ねて

4月17日月曜日放課後。

学級委員の仕事はなく

他の用事もなかった和泉は、

全ての授業が終わると

早々に教室をあとにした。

昼休み以降ずっと考えているが、

何も思いついたことはなく

沼に沈んでいくような感覚になっていた。

急いで部活動に向かう生徒を横目に、

和泉は下駄箱で靴を履き替えて

校門へとやってきた。


「待てよ、和泉。」


浅葱色の髪を揺らしながら和泉が振り返ると、

そこには十六夜が立っていた。

春の大会に向けて

今日も部活に勤しむらしい十六夜は、

用があって和泉を呼び止めたはずなのに

すぐには口を開かなかった。


「俺から頼んでおいてアレなんだが、

その…無茶だけはしないでくれ。」


苦虫を噛み潰したような表情で

十六夜は言った。

十六夜の言う『無茶』というものが

どういう意味を含んでいるのか、

和泉にはすぐ理解できた。


「…安心しなさい。

あの時みたいなことは

本当の緊急時にしかしないから。」


あの時。そう、彼岸蜂に刺された

十六夜の毒を浄化するために

和泉が彼岸蜂を飲み込んだ時のことだ。

十六夜が負った毒を和泉が肩代わりして、

和泉の体が限界を迎えた。

不死鳥の体を持つ和泉だからこそ、

体を水に溶かすことで

問題なく再生できたが、

普通の人間には耐えきれない程の

負荷がかかったのは事実。

いくら不死鳥とは言えど、

そうたやすく女の子に

体を張って欲しくなかった。

というのが十六夜の心情だろう。


「それならいいんだが…。」


しかし、和泉のおかげで

十六夜は一命を取り留めることができた。

その恩は決して消えることなく、

今も十六夜の心の中では

和泉のために何かを尽くしたいという思いが

渦巻いていることだろう。

助けられたことには感謝しているし、

今も面倒なことに巻き込んでいるが、

そのせいで和泉に傷ついて欲しくない。

そういった感情の狭間であるが故に、

十六夜は気の利いた一言さえ

和泉に言うことができなかった。


「呼び止めた用件がそれだけなら、

私はもう行くわ。

部活、頑張りなさいよ。」


踵を返して、和泉は歩いていく。

その背中に何を背負っているのか、

十六夜には話に聞いた以上のことなど

知る由もない。

ただ、和泉の無事を祈り、

自分は精一杯バドミントンに尽くすしか、

今の十六夜にできることはない。

和泉の姿が見えなくなるまで見送ってから、

十六夜は体育館へと向かった。


――――――――――――――――――――


「〜♪〜〜♪♪」


自分が見送られているとはつゆ知らず、

和泉は鼻歌を歌いながら

目的地を目指して歩いていた。

和泉なりのちょっとした気分転換である。

和泉自身、別段音楽が好きという訳でもなく

流行りに敏感な訳でもないが、

和泉の姉がよく家で音楽を聴いていた。

自分の部屋で聴けばいいものを

姉はわざわざリビングで聴くので、

いつしか和泉も覚えてしまった。


「おやぁ?珍しいねぇ。

流歌君が電話も無しに訪ねてくるなんて。」


鼻歌を歌いながら約20分。

和泉は目的地に到着した。

錆びた鉄と油の臭いが蔓延る、

穴だらけの小さな廃工場だ。

そして和泉が中に入ろうと

ドアに近づいた時、

音もなくヌルッとその人物は出てきた。

真っ黒な黒髪を長く伸ばしており、

190cmの長身に白衣、

目の下のクマを隠そうともせず

ゾンビのような顔をしている。


「電話なら何回もかけたわよ。

出なかったのは師匠でしょ。」


「あれぇ?そうなの?」


姓は千歳、名は千尋。

妖神と人間との架け橋を担う専門家。

つい最近、彼岸蜂に刺された一人の少年を

和泉と共に救った人物だ。

千歳は白衣のポケットを漁ると、

自身の携帯電話を取り出した。

しかし画面に光が灯らず、首を傾げた。

どうやら、気づかぬ間に

充電がなくなってしまったようだ。


「まぁいいわ。

師匠、どこかに出かけるの?」


一つため息を吐いてから、

和泉は千歳に聞いた。

千歳は陽のある間の外出を避けていた。

と言うのも、千歳の危なげな見た目は

とにかく職務質問をされ続けるらしく、

それが嫌になったらしい。

確かに、こんなゾンビのような男が

街をうろついていたら、

思わず通報してしまうかもしれない。


「ちょっと野暮用でねぇ。

今日は空けることになると思うよ。

…何か話があるなら、

簡単にでいいからメールで送っておいて。」


白衣を翻して、

千歳は和泉の横を通過する。

こんな見た目でも

風呂には入っているらしく、

薄いフローラルな匂いが

和泉の鼻をかすめた。


「……流歌君。事前に一つだけ言っておくと、

妖神っていうのはね、

君が思っているよりもずっと近くにいるよ。」


「………。」


千歳の言った言葉の意味を

和泉は理解できずにいた。

そもそも、まだ千歳には

何も言っていないのだ。

しかし、和泉に対して千歳は

『妖神』という単語を口にした。

それは、現在和泉が請け負っていることに

妖神が関係していると、

断言されたようなものだった。


「じゃあね。」


途中で振り返りもせず、

千歳はスタスタと歩いていった。

千歳の姿が見えなくなるまで見送り、

予定していたことがなくなったので、

今日はもう家に帰ることにした。

千歳があの細い背中に

何を背負っているのか考えながら。

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