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子ども達

「あのおじいさんと何を話してたの?」


「別に、大したことじゃないわ。」


「ふーん……。」


曲がり角の死角になる場所で

和泉が逢瀬に追いつくと、

逢瀬から聞いてきた。

それに素っ気なく答える和泉だが、

逢瀬が気にする素振りはない。

逢瀬の目線の先に和泉も目を向けると、

ちょうど月詠が店の人に

声をかけるところだった。


「近藤さーんっ!おるかー!?」


商店街中に響き渡る声で

月詠は店の中に向かって叫ぶ。

看板等は特にないが、

置いてある様々な野菜を見るに八百屋だ。

大根やにんじん、じゃがいも、キャベツと

色とりどりに野菜やくだものが並び、

しかもどの野菜も大きく綺麗だ。

きっと丁寧に作られているのだろう。


「あぁ、暦ちゃん。いらっしゃい。

すまないね、待たせてしまって。」


月詠の呼び声で顔を出したのは、

細身で背の高い男だった。

年齢もまだ若そうで、

30代前半と言ったところだろう。

目の下にはクマがあり、

猫背でヒョロりとした風貌の近藤は、

頼り甲斐のなさそうな笑顔で笑っていた。


「いやいや、気にせんでええよ。

別に待ってへんから。

今日は、奥さんは一緒じゃないんか?」


「あ、あぁ…恵美さんか……。

恵美さんなら、今日もパチンコだよ。

僕にはよく分からないけど、

新しい台が入ったとかで

朝早くから出かけて行ったきり。」


頭の後ろを掻きながら、

近藤は下手な笑顔で言う。

どうやらあの近藤の妻は、

俗に言うパチンカスらしい。

自分達の店すらそっちのけで、

朝からパチンコ三昧。

そして、夫である近藤は

妻の尻に敷かれているようだ。

きっと、毎日苦労しているのだろうなと、

月詠とのやり取りを見るだけで、

余計なことまで考えてしまう。


「そ、そうなんや…それはなんというか、

その…お疲れ様です……。」


「負けて帰ってくるなら、

僕も文句の一つだって言うんだけどね…。

毎日のように勝ってくるもんだから、

全く頭が上がらないよ…。」


大きなため息を吐く近藤。

ただでさえ暗い表情が、

より一層曇ってしまう。

そんな近藤を見て

どう声をかけるべきかと、

月詠は愛想笑いを浮かべている。

しかし、そこは歳上の近藤だ。

無理矢理に顔を上げると、

思い出したように言った。


「それより、野菜を買いに来たんだろう?

暦ちゃんに優しくすると

恵美さんが怒るから

あまりサービスできないけど、

おまけくらいなら付けちゃうよ。」


「あっ、はいっ。えっと…今日は、

キャベツ1玉と大根半分とトマトを5個くらい。

お代はこの商品券でお願いします。」


話題を戻してくれた近藤に、

月詠は慌てて合わせた。

慌てたからなのか、月詠は標準語だ。

商品券を2枚ちぎり、

近藤が野菜を詰めるのを待つ。


「はいはい。キャベツと大根とトマトね。」


キャベツはずっしりと重いものを、

大根は白色の映えるもの、

トマトは艶のあるものを

大小のバランスを見て選ぶ。

キャベツと大根は同じ袋へ入れて、

別の袋にトマトを入れるついでに

みかんを3つ程一緒に入れた。


「毎度ありがとう。

商品券のお釣りの分ってことで

みかんも入れちゃってるけど、

恵美さんには内緒で頼むよ。」


「分かっとるって。

ほな、また来るわ。」


手を振る近藤に小さく頭を下げて、

月詠は背を向けて歩き始める。

肉と野菜を両手に携え、

確かな足取りで歩くその姿は、

まるで子を持つ母親のようだ。


「結局、ただの買い物だったわね。

わざわざ来た意味ないんじゃないの?」


大きなあくびをした後で、

和泉はつまらなさそうに言った。

もう用事は済んだのか、

月詠は商店街の出口の方へ向かっている。

月詠が次にどこへ行くのか

気になる次第ではあるが、

今日これ以上追跡するのは

なんだか気が引けた。


「そう?俺はそんなことないと思うけど?」


逢瀬の言葉に和泉がどうして、と

疑問を口にしようとした時、

和泉の目に子ども達の姿が映る。


「お姉ちゃーんっ!」


「わー!暦お姉ちゃんだー!」


「みんな、かかれー!」


一体どこから出てきたのか、

小学生くらいの少年少女が

6人掛りで月詠を取り囲み、

わーわーと歓声をあげている。


「もー…またあんたらか?

ウチ、これでも忙しいんやけど?」


口では嫌そうにしながらも、

月詠の頬には笑みが浮かんでいる。

月詠の珊瑚色の桃髪と相まって、

まるでその場所に

笑顔の庭園ができたようだった。

今に子ども達や月詠に天使の羽が生えて、

どこかへ飛んで行ってしまいそうな、

そんな錯覚にさえ陥ってしまう程に。


「暦お姉ちゃんっ!遊んで!」


「「「遊んでっ!」」」


「もー。しょうがないなぁ…。」


子ども達に手を引かれるまま、

月詠は子ども達と一緒に

商店街から去って行く。

空から雲を奪っていく台風のように、

子ども達は月詠を連れて行った。

嵐のあとの静けさが訪れて、

商店街らしい雰囲気となる。

一部始終を見ていた和泉と逢瀬は、

毒牙でも抜かれたように

ポカンとしてしまった。


「…戻りましょう。」


かなりの間を空けて、

やっとのことで和泉は呟いた。

その言葉は独り言のような

小さな声であったが、

逢瀬の耳には届いていた。


「うん…そうだね。」


二人は来た道を引き返すように歩き出す。

しかし、すぐに和泉は立ち止まった。

月詠を連れ去った子ども達は

無邪気な笑顔を浮かべていたが、

どこか不気味に思えた。

言葉にならない違和感があり、

ノドに刺さった魚の小骨のように

いじらしくて仕方がない。

和泉は振り返ると、

もう見えなくなった月詠の姿を、

視線の先に探した。

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