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商店街

テニスコートを去った月詠は、

まずはシャワーを浴びるようだ。

テニスコートから歩いて5分程の場所に

スポーツ用品店があり、

年間会員になっている人は

シャワーを無料で借りることができる。

店の外の自動販売機の陰に隠れて、

和泉と逢瀬は月詠を待つ。

他の客や従業員からは

不審者を見るような目で見られたが、

月詠以外の人間にどう見られても、

今の二人にはどうでもよかった。


「あちゃー…服も着替えたか……。」


「それはそうでしょ…。

何のためにシャワー浴びたと思ってるの……。」


シャワーを終えて店から出てきた月詠は、

四肢を見せびらかすような

短いスポーツウェアから

烏城高校の制服になっていた。

なぜ私服ではないのかと

疑問に思う和泉であったが、

そんなことは深く考えなかった。

しかし、シャワー終わりの美少女の

ポニーテール姿というのは、

より一層の清楚みを感じてとてもいい。

やはり、論理感を捨てて

本能のままに考える時こそ、

人間の素晴らしさを実感する。

…などと逢瀬が無駄に口を回している間に、

月詠は次への行動に移った。


「商店街か。」


先程もらった商品券を使うためだろうか。

月詠は商店街まで歩いてきた。

都心部からそう遠くない上に、

近くに大きなショッピングモールもないからか、

この商店街はあまり過疎化していないようだ。

並んでいる店も古臭くなく、

精肉店や野菜の直営店、弁当屋、

雑貨屋に服屋など、

実用的な店が揃っている。

次から次へと人が訪れているのが、

この商店街が生き残っている証だ。


「おーい、村上のじいちゃん。

腰はもう大丈夫なんか?」


その商店街の内の一軒。

村上さん家のお肉、と看板に書かれた

お店の中に月詠は声をかけた。

村上と呼ばれたおじいさんは

新聞から顔を上げると、

老眼鏡を外してから

声の主を確認するために立ち上がった。


「おぉ。暦ちゃんじゃないか。

この間は助かったわい。

今はもう平気じゃが、

医者が安静にしろとうるさくての。

全く…あのヤブめ。

寝転んでおるだけなど、

体がなまってしまうわい。」


薄らと毛が生えているだけの

ハゲ頭にタオルを巻いた

タンクトップ姿の村上は、

月詠を見るとニッコリと笑う。

歯も半分程しか残っておらず、

しゃがれた声の村上はまさに、

この世界のお年寄りの典型だ。


「心が元気やからって、

あんまり無理しちゃアカンで?

何か困ったことがあったら、

いつでも呼んでくれてええからな。」


「けっ、お前さんの助けなんぞ

そう何度も借りとっては、

あの世にいるばあさんに顔が立たんわい。

それより、今日は何じゃ?

この間のお礼じゃ。

サービスしちゃるぞ。」


関西弁ながら物腰の柔らかい月詠と

頑固そうな村上の会話は、

まるで祖父と孫のやり取りだ。

会話の内容や話し方から考察するに、

随分と親しい関係のようだ。

おそらくはぎっくり腰をやったのだろう村上を

月詠が助けたことがあるらしい。


「じゃあ、豚ロース200gと

鳥モモを100gね。

お代金はこれでええか?」


月詠はリュックのポケットから

先程の大会でもらった商品券を取り出して、

2枚ちぎってトレイの上に置いた。

豚ロース200gと鳥モモ100gで

2000円とは、これぞ商店街価格と

言ったところだろうか。


「豚200と鳥100じゃな。

それと…おぉ、商品券か。

うむ、ツリは出せんからの……。

ちょっと待ってなさい。」


注文通りの肉を袋に詰めた後、

一度自分の指を舐めてから

村上は商品券を確認する。

これが現金であれば

お釣りを出したかったのだろうが、

商品券の場合はそうもいかない。

だから、村上は少し考えた末に

店の奥へと入っていった。

月詠がそのまま待つと、

出てきた村上の手には

プラスチックのタッパーがあった。


「古い付き合いの奴から

今朝に送られてきたアジなんじゃが、

いかんせんバカみたいに量が多くての。

ワタも小骨も抜いてなめろうにしたったから、

このまんまご飯と食うがえぇぞ。」


アジのなめろうが入ったタッパーを

別の袋に入れて、

肉の袋の隣りに並べる。

量が多くて食べ切れないのは分かるが、

それにしてもタッパーが大きすぎる。

月詠が何人で生活しているのか知らないが、

あの量では月詠の方でも

食べ切れない可能性だってある。

生ものであるが故に日持ちもしないので、

処理に困ってしまいそうだ。


「おっ、ええんか?おおきにっ!」


しかし、そんなことを

考える時間もないまま、

月詠は満面の笑みでお礼を言った。

現役の女子高生になめろうなんて、

とも思った和泉であったが、

月詠の笑顔を見て

どうでもよくなってしまった。

中身が何であったとしても、

相手に優しくしようという

その気持ちが嬉しいし、大切なのだろう。


「じゃあまたな。

何かあったらすぐ呼んでや。

無理だけはしちゃアカンで?」


「けっ、余計な世話じゃ。

お前さんこそ、

こんなジジィに時間使っとらんで、

男と遊んだらえぇがな。」


最後まで悪態めいたことを言いながら、

村上は月詠の背中を眺める。

村上のその横顔が

なぜかとても悲しそうで、

和泉はそれも引っかかった。

あれだけ楽しそうに会話をして、

サービスまでしておきながら、

何を悲しく思っているのだろう。

月詠と話す時間が楽し過ぎて、

別れが辛いのだろうか。

またいつ会えるだろうかと

杞憂してしまっているのだろうか。

そんなことを考える内に、

和泉は村上の前に立っていた。


「おぉ?なんじゃお前さんは?

見ない顔じゃが、肉が欲しいのか?」


和泉のことを怪訝そうな目で見ながら、

村上は真っ直ぐに聞いてくる。

確かに、普通であれば

村上にとって和泉は客で、

村上の店が精肉店であるなら、

和泉の目的は肉以外にない。

先程までの月詠とのやり取りを

見られていたとは思わず、

他の客と同じように接するはずだ。

しかし、和泉は肉を買うために

村上の前に来た訳ではなかった。

それが感じ取れたのか、

村上は怪訝そうな目から

不審者を見る目に変わる。

だが、村上が何かを言う前に、

和泉の方から口を開いた。


「このお店は、いつからやっているの?」


この時の和泉の声は低く、

暗闇から聞こえてきたようだった。

表情から感情を読み取れず、

恐怖すら覚えてくる。

和泉の質問の意味を

すぐに理解できなかったのか、

村上の思考が止まったように見えた。

しかしそれでも、

まだボケていない脳を動かして

なんとか言葉を吐き出した。


「ご、50年程前じゃ。

ばあさんと結婚してすぐにこの場所に……。」


「そう。」


たったそれだけ聞いて、

和泉は村上に背を向けた。


「次来る時は、買わせてもらうわね。」


捨て台詞でも吐くように、

和泉は一言だけ言った。

月詠の尾行を続けている

逢瀬を追うために和泉は歩き出した。


「なんだったんじゃ……?」


結局、何がなんだか分からないまま、

村上はイスにペタリと座った。

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