矢野城、小領主の選択 第1話:大国の狭間で
作者のかつをです。
本日より、第十三章「瀬戸内の十字路で生き残れ ~矢野城、小領主の選択~」の連載を開始します。
今度の主人公は、巨大勢力の狭間で生き残りを懸けて苦悩した小領主・野間隆実です。彼のリーダーとしての重圧と決断の物語を描いていきます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島市安芸区矢野。絵下山の麓に広がるこの町を見守るように、かつて一つの山城があった。矢野城。
安芸国と呉を結ぶ海陸交通の要衝に築かれたこの城は、戦国の世、巨大な勢力の狭間で生き残りを懸けた苦渋の選択を迫られ続けた場所である。
これは、歴史の奔流に翻弄されながらも、己の家と民を守るために戦った、名もなき小領主の苦悩の物語である。
◇
天文九年(一五四〇年)、春。
わたくし、野間隆実は、矢野城の本丸から眼下に広がる海田湾の穏やかな海を眺めていた。まだ二十歳を過ぎたばかりの、若き城主であった。
父が急逝し、この矢野城と野間家の家督を継いでまだ二年。わたくしの両肩には、一族と領民たちのすべての暮らしが重くのしかかっていた。
「殿、お顔の色が優れませぬな」
背後から、傅役である老臣の三宅刑部が声をかけてきた。
「……治部か。いや、何でもない。ただ、この穏やかな海が、いつまで穏やかでいてくれるものかと案じておっただけじゃ」
わたくしの言葉に、治部は深くため息をついた。
我ら野間氏が治めるこの矢野の地は、まさに十字路。
西には周防を本拠とする西国随一の大大名、大内氏が睨みを利かせている。
そして北からは、出雲の尼子氏がその鋭い牙を剥き出しにしていた。
我ら野間氏は代々大内家に臣従してきた。だが近年、尼子の勢いは凄まじく、安芸国内の多くの国人たちが尼子へと寝返っている。
そして何よりも不気味なのが、吉田郡山城の毛利元就だ。
はじめは我らと同じただの国人に過ぎなかったはずの男が、今や大内と尼子の両雄を手玉に取り、じわじわとその力を増している。
「……殿。大内からも尼子からも、近頃、矢のような催促が参っておりますな。『旗幟を鮮明にせよ』と」
治部の言葉が、わたくしの胸に突き刺さる。
わかっている。
いつまでもこのまま中立を気取ってはいられぬことを。
どちらかにつけば、もう一方を敵に回すことになる。どちらを選んでも待っているのは戦の地獄だ。
だが、選ばねばならない。
わたくしのたった一つの決断に、この城と民のすべてがかかっている。
そのあまりの重圧に、わたくしは夜も眠れぬ日々を送っていた。
「……治部。わたくしは、どうすればよいのじゃ」
思わず漏れた弱音。
治部は何も答えなかった。
ただ静かにわたくしの隣に立ち、同じように穏やかな、しかし不穏な気配をはらんだ瀬戸内の海を見つめているだけだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十三章、第一話いかがでしたでしょうか。
大国に挟まれた中小企業の社長のような悲哀。戦国の小領主たちのリアルな苦悩が伝われば幸いです。
さて、答えの出ない問いに苦しむ隆実。城内では家臣たちの意見も割れていました。
次回、「大内か、尼子か」。
矢野城で激しい軍議が繰り広げられます。
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