賀儀城、呉の船団 第6話:焙烙火矢
作者のかつをです。
第十二章の第6話をお届けします。
今回は、呉の浦を舞台にした壮絶な海戦の様子を描きました。小早川水軍得意の戦法が炸裂します。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
秋風が吹き始めた、ある日の早朝。
物見櫓からの鐘が、けたたましく鳴り響いた。
「敵船、来襲! その数、百艘を超える!」
ついに来たか。
俺、辰は槌を置くと、仲間たちと顔を見合わせた。
皆、顔はこわばっていたが、その目には覚悟の光が宿っていた。
「総員、持ち場につけ!」
隆景様の号令が響き渡る。
俺たち船大工は補修要員として、それぞれの船へと分かれて乗り込んだ。
俺が乗り込んだのは、親父が棟梁として手掛けた最新の小早船だった。
港を出て、沖合へ。
水平線の向こう側が、黒い森のように見えた。
すべて、大友の船団だった。
その威容に、一瞬足がすくむ。
だが、俺たちの背後には、俺たちが築き上げた海上の砦がある。
「怯むな! 入り江まで誘い込め!」
味方の将の声。
俺たちの船団はわざと陣形を崩し、敗走を装った。
勢いに乗った大友の船団が、一斉に呉の入り江へと、なだれ込んでくる。
そして、敵船団が完全に入り江に入った、その瞬間。
「鎖、上げーっ!」
隆景様の号令。
入り江の入り口で巨大な鉄の鎖が海中からせり上がり、敵の退路を完全に断った。
袋の鼠だ。
「放てーっ!」
賀儀城、警固屋城の両岸から、一斉に鉄砲と大筒が火を噴いた。
そして、俺たちの小早船団が反転し、混乱する敵船へと襲いかかった。
「焙烙火矢、用意!」
俺たちの船にも号令がかかる。
水夫たちが次々と陶器の爆弾に火をつけ、敵船へと放り込んでいく。
ドォォン!
甲高い爆発音と共に、敵船が炎に包まれた。
あたりは一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
だが、敵も黙ってはいない。
敵船から放たれた矢の一本が、俺たちの船の舵を砕いた。
「舵が!」
操舵手の悲鳴。
「辰! 直せ!」
親父の声。
俺は夢中で予備の舵板と槌を手に、船尾へと走った。
矢が雨のように降り注ぐ。
だが、不思議と恐怖はなかった。
俺がこの船を直す。
俺がこの船をもう一度、戦場に戻すのだ。
その一心だけが、俺を動かしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
知将隆景の罠にまんまとはまった大友水軍。戦の勝敗は、すでに決したも同然です。
さて、船大工として初めて本当の戦場を経験した辰。彼はこの戦から何を学び、何を得たのでしょうか。
次回、「瀬戸内の守り(終)」。
第十二章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




