賀儀城、呉の船団 第2話:船大工の誇り
作者のかつをです。
第十二章の第2話をお届けします。
今回は、戦う船「小早」造りの舞台裏と、職人たちの誇りを描きました。そして、知将・隆景の人心掌握術がここでも光ります。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
隆景様の号令一下、呉の浦は巨大な造船所へと姿を変えた。
山から切り出された巨大な木材が、次々と浜辺へと運び込まれる。
カン、カン、という鑿の音と槌の音が、一日中鳴り響いていた。
俺、辰は親父である棟梁の源五郎につきっきりで、船造りの基礎を叩き込まれた。
「いいか、辰! わしらが造るのはただの荷運び船じゃねえ! いくさ船だ! 小早だ!」
親父は設計図である板図を指さしながら言った。
「小早に求められるのは速さだ。敵の懐に誰よりも早く飛び込み、焙烙火矢を叩き込む。そのためには船体は極限まで軽く、細くせにゃならん」
親父が指さす船の竜骨は、まるで魚のようにしなやかな曲線を描いていた。
「だがな、辰。ただ速いだけじゃ駄目だ。矢にも鉄砲にも耐えられる強さがいる。薄く軽いが、決して折れぬ強靭な船体を造る。その塩梅こそが、わしら船大工の腕の見せ所よ」
俺は親父の言葉を一つも聞き漏らすまいと必死だった。
木材の選び方、木目の読み方、そして寸分の狂いもなく木を組み合わせるための継手の技術。
すべてが先祖代々受け継がれてきた、知恵と技の結晶だった。
ある日の午後。
小早川隆景様がお忍びで造船所を視察に来られた。
俺たちが平伏すると、隆景様は静かにそれを制した。
「よい、よい。仕事の手を止めるな。わしはただ、皆の働きを見に来ただけじゃ」
隆景様は家臣を一人も連れず、ゆっくりと造船所を見て回られた。
そして、俺の親父の前で足を止められた。
「源五郎。見事な仕事ぶりじゃな。この船はきっと、良い船になる」
「……もったいなきお言葉」
親父はぶっきらぼうにそう答えたが、その横顔は誇らしげに輝いていた。
隆景様は俺の方にも目を向けられた。
「そなたが倅か。良い目をしておるな。父の技をしっかりと盗めよ」
その温かい言葉に、俺は胸が熱くなった。
このお方のために船を造りたい。
このお方が描く夢の一部になりたい。
俺は心からそう思った。
その日から俺は寝る間も惜しんで仕事に打ち込んだ。
俺の鑿を打つ音は、誰よりも力強く、そして澄んでいた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
小早川隆景は家臣や領民の心を掴むのが非常にうまかったと伝えられています。彼のその人間的な魅力が、多くの人々を惹きつけたのでしょう。
さて、船造りは着々と進みます。しかし船は造るだけではただの木箱。それを操る海の男たちがいて、初めて武器となります。
次回、「海の訓練」。
小早川水軍の強さの秘密が明らかになります。
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