賀儀城、呉の船団 第1話:呉の入り江
作者のかつをです。
本日より、第十二章「我ら小早川水軍 ~賀儀城、呉の船団~」の連載を開始します。
舞台は、呉の入り江に築かれた賀儀城と警固屋城。主人公は船大工の若者、辰です。彼の視点から小早川水軍の強さの秘密に迫ります。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島県呉市。
巨大なクレーンが林立し、タンカーや潜水艦が静かに息づくこの港町は、近代日本の造船業と共に発展してきた。だがその歴史はさらに古く、戦国の世にまで遡る。
この天然の良港である呉の入り江に、毛利水軍の中核、小早川水軍の一大拠点が築かれていたことを知る人は少ない。賀儀城と警固屋城。二つの城が海峡を挟んで睨みを利かせていた。
これは、知将・小早川隆景の元で船を造り、海を駆け、瀬戸内の平和を守った名もなき海の男たちの物語である。
◇
永禄四年(一五六一年)、初夏。
俺、辰は親方の親父の背中を追いかけながら、汗だくで山道を登っていた。
俺は呉の浦で生まれ育った船大工のせがれだ。まだ十六で、仕事といえば親父の鑿を研いだり、船釘を打ったりするくらいしかできねえ。
「ぼさっとするな、辰! 隆景様がお待ちだぞ!」
親父の怒声が飛ぶ。
親父は小早川水軍お抱えの船大工の棟梁だ。その親父が今朝、血相を変えて俺を叩き起こした。
「殿がお呼びだ。わしら船大工を根こそぎ、賀儀城に集めるそうだ」
賀儀城は、この呉の入り江を守る小早川の城だ。
一体何が始まるのか。戦か。それとも新しい船でも造るのか。
城の広場に着くと、そこには俺たちのような船大工や鍛冶屋、それに屈強な水夫たちが何百人と集められていた。
やがて広場の一段高い場所に、一人の武将が静かに姿を現した。
小早川隆景様。
まだ三十にもなっていないはずなのに、その佇まいはまるで百戦錬磨の老将のようだった。
「皆、よう集まってくれた」
隆景様の静かな声が広場に響き渡る。
「ご存じの通り、今、西の豊後では大友の勢力が日増しに強まっておる。奴らがこの瀬戸内に手を伸ばしてくるのも時間の問題じゃ」
広場がざわめいた。
「そこで、わしは決めた。この呉の浦に、これまでにない新しい船団を造り上げる。毛利の、いや、日の本一の水軍の都をここに創るのじゃ!」
水軍の都。
そのあまりにも壮大な言葉に、俺は息を呑んだ。
「そなたたちの腕と力が必要だ。わしと共に、新しい国を創る気概のある者は、おるか!」
その問いに誰よりも早く応えたのは、俺の親父だった。
「おうっ! この源五郎、殿の夢に乗らせていただきまする!」
その声を皮切りに、職人たち、水夫たちの雄叫びが地を揺るがした。
俺も訳もわからぬまま、声を張り上げていた。
胸が熱かった。
これから何かとんでもないことが始まる。
俺は、その巨大な船のほんの小さな船釘の一本になれるのかもしれない。
そう思うと、武者震いが止まらなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十二章、第一話いかがでしたでしょうか。
毛利元就の三男、小早川隆景は、知略だけでなくこうした人心掌握術にも長けた武将でした。
さて、知将の壮大な夢に心を動かされた職人たち。彼らの誇りを懸けた船造りが始まります。
次回、「船大工の誇り」。
海の戦を支配する、特殊な船の秘密が明かされます。
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