銀山城、因島村上の王国 第1話:海の王
作者のかつをです。
本日より、第十一章「海の関所、水軍の掟 ~銀山城、因島村上の王国~」の連載を開始します。
今度の主役は、戦国の世、瀬戸内海に君臨した「海賊」村上水軍。その一員となることを夢見る、若き水夫の物語です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島県尾道市、因島。しまなみ海道の橋が架かり、今はサイクリストたちの聖地として知られるこの穏やかな島に、かつて瀬戸内海に覇を唱えた「日本最大の海賊」の本拠地があった。
彼らは、ただの略奪者ではない。複雑な潮流が渦巻く海を庭とし、独自の掟で航海の安全を守り、時には大国の運命さえも左右した海の独立王国、村上水軍。
これは、戦国の世、潮風と共に生き、海の自由を何よりも愛した、名もなき海の民たちの物語である。
◇
天文二十年(一五五一年)、夏。
俺、海斗は、銀山城の物見櫓から、眼下に広がるきらきらと輝く海を眺めていた。ここ因島が、俺の故郷。そして、この銀山城は我ら因島村上家の本拠地だ。
俺はまだ十六歳。水軍の小頭である父の元で、船の操り方や潮の読み方を学んでいる見習いの水夫だ。櫓を漕ぐ腕には自信があるが、まだ一人前の水軍衆として本物の「いくさ」に出たことはない。
「おう、海斗。また、ぼーっと海なんぞ眺めておるのか」
背後から不意に太い声がした。振り返ると、岩のようにごつい体をした兄貴分の鉄心さんが、にやりと笑って立っていた。
「鉄心さん。……今日も、平和ですな」
俺がそう言うと、鉄心さんは俺の頭を大きな掌でわしわしと撫でた。
「馬鹿言え。海はな、凪いでいる時こそ気をつけにゃならんのだ。潮の流れは見た目じゃわからん。それは、人の世も同じことよ」
鉄心さんは俺の隣に立つと、同じように海を眺めた。彼の目はただ景色を見ている俺とは違い、遥か沖の小さな船の動きや空の雲の流れまで、すべてを読み取っているようだった。
「それより、見たか。今朝、沖を通っていった南蛮の船を」
南蛮船。噂には聞いていた。見たこともない巨大な黒い船で、鉄の玉を火薬で飛ばす、とんでもない武器を持っているという。
「いえ、見ていません。そんなに大きかったのですか」
「ああ。小早船がまるでおもちゃに見えるほどだ。あれが何十艘も来たら、さすがの我らも骨が折れるだろうよ」
鉄心さんはそう言って笑った。だが、その目にはかすかな警戒の色が浮かんでいた。
「ですが、どんな船であろうと我らの掟には従ってもらいます。そうでなければ、海の秩序が乱れてしまいますから」
俺が父から教えられた通りの言葉を口にすると、鉄心さんは満足げに頷いた。
「そうだ、海斗。忘れるな。この瀬戸内海は我ら村上一族の庭じゃ。この海を通る者は大名であろうと南蛮人であろうと、我らの掟に従う。それがこの海の秩序。我らはただの海賊ではない。海の秩序を守る、海の王なのだ。その誇りを決して忘れるな」
海の王。
その力強い響きが、俺の胸を熱くさせた。そうだ。俺は、この海の王の一員なのだ。いつか俺も父や鉄心さんのように一人前の水軍衆となって、この銀山城とこの海を守るのだ。
そんな俺の純粋な思いが、やがて陸から吹き寄せる巨大な時代の風に翻弄されていくことになるとは、まだ知る由もなかった。
安芸の毛利元就。その男の名を、俺が意識するようになるのはもう少し先のことである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十一章、第一話いかがでしたでしょうか。
これまでの陸の城とはまた一味違う、海の民たちの物語を描いていければと思います。
さて、海の独立王国、村上水軍。彼らの主な収入源とは一体何だったのでしょうか。
次回、「関料を払え」。
村上水軍の知られざる経済活動が明らかになります。
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