三原城、隆景の夢 第8話:知将のまなざし(終)
作者のかつをです。
第十章の最終話です。
今回は、小早川隆景がこの三原城に託した本当の願いと、彼の為政者としての哲学を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
時代は少し下り、天正十五年(一五八七年)。
天下は豊臣秀吉のものとなり、長かった戦国の世も終わりを告げようとしていた。
わたくし、吉蔵は白髪の混じり始めた主君、小早川隆景様の傍らに仕え、この三原城の天主台から瀬戸内の海を眺めていた。
城と町は完成から二十年の歳月を経て、見違えるほど発展していた。
港には全国から船が集まり、市場は常に活気に満ち溢れている。
隆景様の夢は見事に実現したのだ。
「……吉蔵。わしはな、この景色を見るのが好きでの」
隆景様がぽつりと呟かれた。
「この城はわしの生涯最高の作じゃ。じゃがな、わしはこの城を一度たりとも戦では使ってはならぬ」
その言葉に、わたくしははっとした。
「戦うための城ではない、と申されますか?」
「それでよいのじゃ」
隆景様は穏やかに微笑まれた。
「城とはな、戦うためだけにあるのではない。戦を起こさせないためのものなのじゃ。この三原城の威容と、ここから生まれる富がある限り、誰も毛利に手出しはできまい。戦わずして勝つ。それこそが父、元就がわしに教えてくださった兵法の極意よ」
わたくしは、ようやく理解した。
隆景様がこの城に託した、本当の願いを。
それは、戦国の世を終わらせ、平和な世を築くこと。
この三原城こそが、その平和の象徴なのだ。
「わしの役目ももうすぐ終わる。これからの世は秀吉のような男が作っていくのだろう。じゃがな、この城と町は残る。わしが死んでも、この民の暮らしは続いていく。それで満足じゃ」
隆景様のまなざしは、穏やかな瀬戸内海のさらにその先の未来を見据えておられた。
わたくしは、この偉大な知将に生涯仕えることができた幸せを噛みしめ、ただ黙ってその横顔を見つめていた。
◇
……現代、三原市。
三原城の天主台は今も、山陽新幹線のホームのすぐそばにその姿を留めている。
多くの人々が行き交うその場所で、石垣は静かに語りかけてくる。
城とは何か。国とは何か。そして、平和とは何か、と。
その答えは、城を築いた一人の知将の遠い日の優しいまなざしの中に、あるのかもしれない。
(第十章:城ではなく、国を創る ~三原城、隆景の夢~ 了)
第十章「城ではなく、国を創る」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
隆景の夢の結晶である三原城。それは、戦国の終焉と新しい時代の幕開けを象徴する城でした。
さて、舞台は再び瀬戸内海へ。
次回から、新章が始まります。
第十一章:海の関所、水軍の掟 ~銀山城、因島村上の王国~
毛利に仕える以前、瀬戸内海に君臨した海の独立王国、村上水軍。彼らの拠点、因島を舞台に、海賊たちの知られざる日常と掟を描きます。
引き続き、この壮大な山城史探訪にお付き合いいただけると嬉しいです。
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