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山城史探訪 ~広島の地に眠る物語~  作者: かつを
第1部:謀神覚醒編 ~元就と安芸の国人たち~
8/17

若き知将、覚醒の刻 第8話:謀神、産声(終)

作者のかつをです。

第一章の最終話です。

 

戦の後の、衝撃的な結末。毛利元就という武将の、常人離れした思考と、非情さを描きました。この出来事が、彼の伝説の始まりとなります。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

戦の後始末が行われる中、蔵田直信が、意気揚々と、総大将の前に、姿を現した。その顔には、自らの手で城を落としたという、醜い功名心と欲望が、ありありと浮かんでいた。燃え落ちた城を背に、彼は少しも悪びれる様子がない。

 

「お約束通り、城は、我らの手に。これで、わしが、この鏡山城の、新たな城主ですな。いやあ、長き戦でありましたな、はっはっは」

 

その、高笑い。俺は、陣の隅から、吐き気を催すような思いで、その男を見ていた。あんたのせいで、どれだけの人間が、死んだと思っているんだ。俺の友の茂作も、あんたのような者がいなければ、死なずに済んだかもしれなかった。

 

しかし、総大将は、何も答えない。

 

ただ、静かに、傍らに控える、毛利元就様に、視線を送った。采配は、すべて、この若者に任せた、というように。

 

元就様は、ゆっくりと、立ち上がると、直信の前に、進み出た。

 

そして、氷のように冷たい声で、言い放った。

 

「――この者を、斬り捨てよ」

 

一瞬、場が、凍り付いた。直信は、目を、見開いた。笑みは、顔に張り付いたまま、固まっている。

 

「な、何を……。何を、申されるか、毛利殿。話が、違うではないか! 約束では……」

 

元就様は、表情一つ変えずに、続けた。その声は、冬の井戸水のように、静かで、冷たかった。

 

「自らの主君を、血を分けた甥を、私欲のために裏切るような男。そのような者を、味方として、信用できるはずもなかろう。ましてや、城を任せるなど、論外じゃ」

 

その言葉に、周りの歴戦の武将たちも、息を呑んだ。敵を謀るは、戦の常。だが、味方として手引きした者まで、こうもあっさりと切り捨てるとは。

 

「き、貴様、わしを、最初から、利用するだけだったのか! 約束を、破るのか!」

 

「約束は、守る。この城は、貴殿に、くれてやろう」

 

元就様は、そこで、言葉を切った。そして、凍るような視線で、直信を見据えた。

 

「――貴殿の、墓標としてな」

 

直信の、悲鳴のような声が、響き渡った。

 

俺は、その光景を、ただ、呆然と、見つめていた。

 

この若き武将の、底知れぬ、恐ろしさ。

 

敵だけでなく、味方さえも、自らの謀略の駒として、冷徹に、使い捨てる、その非情さ。

 

この戦で、俺は、一人の、とてつもない男が、歴史の表舞台に、産声を上げた瞬間を、目撃してしまったのだ。

 

後世、人々は、彼を、こう呼ぶことになる。

 

謀神ぼうしん」、と。

 

 

 

 

……現代、鏡山城跡。

 

城跡の一角には、この戦で亡くなった人々を弔う、小さな石碑が、ひっそりと、建てられている。

 

この、穏やかな公園の地下には、蔵田房信の無念も、直信の野望も、そして、弥平のような名もなき足軽の汗と恐怖も、すべてが、一緒に、眠っている。

 

ただ、石碑だけが、謀略の天才が、初めてその牙を剥いた、あの日の出来事を、静かに、今に伝えていた。

 

(第一章:若き知将、覚醒の刻 了)

第一章「若き知将、覚醒の刻」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

 

裏切り者は、たとえ味方であっても、容赦なく切り捨てる。この元就の合理的な判断は、戦国の世を生き抜くための、彼の哲学だったのかもしれません。

 

さて、安芸国で、静かに、しかし確実に、その存在感を増していく毛利元就。

 

次回から、新章が始まります。

第二章:偽りの矢文 ~日山城、疑心暗鬼の砦~

 

今度の武器は、武力ではない。たった一本の「矢文」。人の心を巧みに操り、血を流さずに、城を落としたという、元就の、鮮やかな謀略の物語です。

 

引き続き、この壮大な山城史探訪にお付き合いいただけると嬉しいです。

ブックマークや評価で応援していただけると、第二章の執筆も頑張れます!

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この物語の公式サイトを立ち上げました。


公式サイトでは、各話の更新と同時に、少しだけ大きな文字サイズで物語を掲載しています。

「なろうの文字は少し小さいな」と感じる方は、こちらが読みやすいかもしれません。


▼公式サイトはこちら

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