若き知将、覚醒の刻 第8話:謀神、産声(終)
作者のかつをです。
第一章の最終話です。
戦の後の、衝撃的な結末。毛利元就という武将の、常人離れした思考と、非情さを描きました。この出来事が、彼の伝説の始まりとなります。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
戦の後始末が行われる中、蔵田直信が、意気揚々と、総大将の前に、姿を現した。その顔には、自らの手で城を落としたという、醜い功名心と欲望が、ありありと浮かんでいた。燃え落ちた城を背に、彼は少しも悪びれる様子がない。
「お約束通り、城は、我らの手に。これで、わしが、この鏡山城の、新たな城主ですな。いやあ、長き戦でありましたな、はっはっは」
その、高笑い。俺は、陣の隅から、吐き気を催すような思いで、その男を見ていた。あんたのせいで、どれだけの人間が、死んだと思っているんだ。俺の友の茂作も、あんたのような者がいなければ、死なずに済んだかもしれなかった。
しかし、総大将は、何も答えない。
ただ、静かに、傍らに控える、毛利元就様に、視線を送った。采配は、すべて、この若者に任せた、というように。
元就様は、ゆっくりと、立ち上がると、直信の前に、進み出た。
そして、氷のように冷たい声で、言い放った。
「――この者を、斬り捨てよ」
一瞬、場が、凍り付いた。直信は、目を、見開いた。笑みは、顔に張り付いたまま、固まっている。
「な、何を……。何を、申されるか、毛利殿。話が、違うではないか! 約束では……」
元就様は、表情一つ変えずに、続けた。その声は、冬の井戸水のように、静かで、冷たかった。
「自らの主君を、血を分けた甥を、私欲のために裏切るような男。そのような者を、味方として、信用できるはずもなかろう。ましてや、城を任せるなど、論外じゃ」
その言葉に、周りの歴戦の武将たちも、息を呑んだ。敵を謀るは、戦の常。だが、味方として手引きした者まで、こうもあっさりと切り捨てるとは。
「き、貴様、わしを、最初から、利用するだけだったのか! 約束を、破るのか!」
「約束は、守る。この城は、貴殿に、くれてやろう」
元就様は、そこで、言葉を切った。そして、凍るような視線で、直信を見据えた。
「――貴殿の、墓標としてな」
直信の、悲鳴のような声が、響き渡った。
俺は、その光景を、ただ、呆然と、見つめていた。
この若き武将の、底知れぬ、恐ろしさ。
敵だけでなく、味方さえも、自らの謀略の駒として、冷徹に、使い捨てる、その非情さ。
この戦で、俺は、一人の、とてつもない男が、歴史の表舞台に、産声を上げた瞬間を、目撃してしまったのだ。
後世、人々は、彼を、こう呼ぶことになる。
「謀神」、と。
◇
……現代、鏡山城跡。
城跡の一角には、この戦で亡くなった人々を弔う、小さな石碑が、ひっそりと、建てられている。
この、穏やかな公園の地下には、蔵田房信の無念も、直信の野望も、そして、弥平のような名もなき足軽の汗と恐怖も、すべてが、一緒に、眠っている。
ただ、石碑だけが、謀略の天才が、初めてその牙を剥いた、あの日の出来事を、静かに、今に伝えていた。
(第一章:若き知将、覚醒の刻 了)
第一章「若き知将、覚醒の刻」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
裏切り者は、たとえ味方であっても、容赦なく切り捨てる。この元就の合理的な判断は、戦国の世を生き抜くための、彼の哲学だったのかもしれません。
さて、安芸国で、静かに、しかし確実に、その存在感を増していく毛利元就。
次回から、新章が始まります。
第二章:偽りの矢文 ~日山城、疑心暗鬼の砦~
今度の武器は、武力ではない。たった一本の「矢文」。人の心を巧みに操り、血を流さずに、城を落としたという、元就の、鮮やかな謀略の物語です。
引き続き、この壮大な山城史探訪にお付き合いいただけると嬉しいです。
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