表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
山城史探訪 ~広島の地に眠る物語~  作者: かつを
第2部:中国制覇編 ~激戦と謀略の城々~
73/103

大場山城、備後の誇り 第5話:落城前夜

作者のかつをです。

第九章の第5話をお届けします。

 

決戦を前にした最後の夜。死を覚悟した者たちが、何を思い何を語るのか。今回はそんな極限状態での人間模様を静かに描きました。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

戦が始まってから、十日が過ぎた。

 

わたくし、宮景盛が守るこの大場山城は、まだ落ちていなかった。

 

だが、それはもはや風前の灯火だった。

 

城内の兵は半数以下に減り、残った者も皆、満身創痍だった。

 

矢は尽き、兵糧も明日一日もつかどうか。

 

小早川隆景は力攻めをやめ、我らが自滅するのを静かに待っているようだった。

 

もはや、これまでか。

 

その夜、わたくしは生き残ったすべての家臣たちを、本丸の広間に集めた。

 

そして、城に残っていた最後の酒樽を持ち出させた。

 

最後の宴だった。

 

「皆、よう戦ってくれた。わたくしは、そなたらを主君に持てたことを誇りに思う」

 

わたくしがそう言うと、家臣たちは皆、声を上げて泣いた。

 

「殿こそ、我らの誇りにございます!」

 

「殿と共に死ねるなら、本望!」

 

わたくしたちは酒を酌み交わし、最後の夜を過ごした。

 

ある者は故郷の唄を歌い、ある者は家族の自慢話をした。

 

誰も死の恐怖を口にする者はなかった。

 

皆、晴れやかな顔をしていた。

 

宴が終わり、それぞれが最後の持ち場へと散っていく。

 

わたくしは老臣の治部を呼び止めた。

 

「治部。長い間よう仕えてくれた。礼を言うぞ」

 

「……もったいなきお言葉。わたくしこそ、殿にお仕えできて幸せでございました」

 

治部の目にも涙が光っていた。

 

わたくしは懐から、一通の書状を取り出した。

 

「これはわたくしの辞世の句じゃ。わたくしが死んだ後、これを小早川隆景に届けてはくれまいか」

 

「殿! それは……!」

 

「治部、聞け。お主だけは生き延びるのじゃ。そして我ら宮一族が、いかに戦い、いかに誇り高く死んでいったか、後世に語り伝えてくれ。それがお主に与える、わたくしの最後の命令じゃ」

 

治部は畳に手をつき、声を殺して泣いた。

 

わたくしはその肩をそっと叩いた。

 

そして、一人天守へと続く石段を登った。

 

空には満月が煌々と輝いていた。

 

明日、この美しい月を見ることはもうないだろう。

 

だが、悔いはなかった。

 

わたくしは、わたくしの誇りを守り抜いたのだから。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

落城前夜の「最後の宴」。そこには武士たちの独特の死生観が色濃く反映されています。

 

さて、ついに運命の朝がやってきます。大場山城と宮一族の最後の一日が始まります。

 

次回、「砕け散った名(終)」。

第九章、感動の最終話です。

 

物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ