大場山城、備後の誇り 第5話:落城前夜
作者のかつをです。
第九章の第5話をお届けします。
決戦を前にした最後の夜。死を覚悟した者たちが、何を思い何を語るのか。今回はそんな極限状態での人間模様を静かに描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
戦が始まってから、十日が過ぎた。
わたくし、宮景盛が守るこの大場山城は、まだ落ちていなかった。
だが、それはもはや風前の灯火だった。
城内の兵は半数以下に減り、残った者も皆、満身創痍だった。
矢は尽き、兵糧も明日一日もつかどうか。
小早川隆景は力攻めをやめ、我らが自滅するのを静かに待っているようだった。
もはや、これまでか。
その夜、わたくしは生き残ったすべての家臣たちを、本丸の広間に集めた。
そして、城に残っていた最後の酒樽を持ち出させた。
最後の宴だった。
「皆、よう戦ってくれた。わたくしは、そなたらを主君に持てたことを誇りに思う」
わたくしがそう言うと、家臣たちは皆、声を上げて泣いた。
「殿こそ、我らの誇りにございます!」
「殿と共に死ねるなら、本望!」
わたくしたちは酒を酌み交わし、最後の夜を過ごした。
ある者は故郷の唄を歌い、ある者は家族の自慢話をした。
誰も死の恐怖を口にする者はなかった。
皆、晴れやかな顔をしていた。
宴が終わり、それぞれが最後の持ち場へと散っていく。
わたくしは老臣の治部を呼び止めた。
「治部。長い間よう仕えてくれた。礼を言うぞ」
「……もったいなきお言葉。わたくしこそ、殿にお仕えできて幸せでございました」
治部の目にも涙が光っていた。
わたくしは懐から、一通の書状を取り出した。
「これはわたくしの辞世の句じゃ。わたくしが死んだ後、これを小早川隆景に届けてはくれまいか」
「殿! それは……!」
「治部、聞け。お主だけは生き延びるのじゃ。そして我ら宮一族が、いかに戦い、いかに誇り高く死んでいったか、後世に語り伝えてくれ。それがお主に与える、わたくしの最後の命令じゃ」
治部は畳に手をつき、声を殺して泣いた。
わたくしはその肩をそっと叩いた。
そして、一人天守へと続く石段を登った。
空には満月が煌々と輝いていた。
明日、この美しい月を見ることはもうないだろう。
だが、悔いはなかった。
わたくしは、わたくしの誇りを守り抜いたのだから。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
落城前夜の「最後の宴」。そこには武士たちの独特の死生観が色濃く反映されています。
さて、ついに運命の朝がやってきます。大場山城と宮一族の最後の一日が始まります。
次回、「砕け散った名(終)」。
第九章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




