鏡山城、最初の謀略 第7話:落城の日
作者のかつをです。
第一章の第7話、クライマックスの落城シーンです。
内側から崩れた城が、いかに、もろいものか。その壮絶な、そして、悲しい最後の瞬間を、足軽・弥平の視点から描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
丑の刻。
草木も眠る真の闇の中、俺たちは息を殺して鏡山城の麓に身を潜めていた。沼地から立ち上る冷たい湿気が、足元から這い上がってくる。まだか、まだか。待つ時間は永遠のように長く感じられた。心臓の音がやけに大きく聞こえる。隣にいる仲間の荒い息遣いだけが、やけにリアルだった。
その時だった。
城の、北の櫓がぼうっと赤く染まった。
合図の、火の手だ。
「今だ! かかれーっ!」
総大将の号令と共に、俺たちは鬨の声を上げ、一斉に城門へと殺到した。大地が数千の足音で震える。もう恐怖はなかった。ただ、この長い戦を終わらせたい、その一心だった。
城内は、すでに大混乱に陥っていた。
「火事だ!」「どこから火が!」「裏切り者だ! 直信様が裏切られたぞ!」
怒号と悲鳴が入り乱れる。そして、その混乱の中、俺たちが目指す大手門が内側から、ギィィ、と重い音を立てて開かれていく。
門の向こうには、蔵田直信と彼に従う数人の兵の姿があった。その顔に表情はない。まるで、能面のようだった。
俺たちは雄叫びを上げながら、城内へと、なだれ込んだ。
もはや、戦らしい戦にはならなかった。
裏切りと火の手で完全に指揮系統を失った城兵たちは、なすすべもなく斬り伏せられていく。寝巻きのまま飛び出してきた者もいた。彼らは敵が誰なのかもわからぬまま、命を落としていった。
俺は、弥平は、ただ夢中で槍を振るった。目の前に現れた敵兵の顔を見る余裕もない。斬らなければ、斬られる。それだけだった。熱い血が頬に何度も飛び散った。鼻をつく、血と煙の匂い。人の断末魔の叫び。ここは、地獄だ。
本丸の方から、城主・蔵田房信の悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「叔父上! なぜじゃ! なぜ、この城を……! 我らの父祖の地を!」
その声は、燃え盛る炎の音と俺たちの鬨の声にかき消された。
やがて、本丸からもひときわ大きな火の手が上がる。
房信は、一族郎党と共に自ら火を放ったのだ。武士としての最後の誇りだったのだろう。
夜が明け始めた。
東の空が、血のように赤く染まっていく。
黒い煙を上げる鏡山城には、大内家の旗が朝風にはためいていた。
ひと月以上も、俺たちを苦しめた難攻不落の城。
その、あまりにもあっけない、そして悲しい最期だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
大永三年九月、鏡山城は毛利元就の謀略によって落城しました。この勝利は、安芸国における大内氏の優位を決定的なものにしました。
さて、戦いは終わりました。しかし、物語はまだ終わりません。元就の本当の恐ろしさが明らかになります。
次回、「謀神、産声(終)」。
第一章、衝撃の最終話です。
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