桜尾城、厳島合戦秘話 第5話:偽りの忠誠
作者のかつをです。
第八章の第5話をお届けします。
ついに毛利につくことを決断した元澄。しかし、元就は彼にさらなる非情な試練を与えます。今回は、元澄が苦悩の末に「偽りの忠誠」を誓うまでを描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
家臣にまで裏切られた。
もはや、これまでか。
わたくし、桂元澄はついに決断した。
毛利につく。
陶に従うふりをしてわたくしを裏切った、江良たち親陶派を出し抜いてやる。
そして何よりも、人質となっている息子、元延の命を守るために。
その夜、わたくしは密かに城を抜け出し、毛利元就様の陣へと向かった。
わたくしの突然の来訪に、元就様は少し驚いたようだったが、すぐに静かな笑みを浮かべた。
「……ようやく、腹をお決めになられましたかな、元澄殿」
すべてを見透かしたようなその目に、わたくしはただ頷くことしかできなかった。
「わたくしは毛利につきまする。つきましてはすぐにでも、陶への謀反の兵を……」
わたくしが言いかけると、元就様は静かにそれを手で制した。
「なりませぬ。まだ、その時ではない」
「……と、申されますと?」
元就様は地図を指さした。
「晴賢は用心深い男。貴殿がこのまま毛利についたとて、警戒を強めるだけ。我らが勝つためには、奴を完全に油断させ、我らが望む戦場へおびき出す必要があるのです」
そして、元就様はわたくしに信じられない策を授けた。
「――一度、我らを裏切ってくだされ」
「な……」
わたくしは言葉を失った。
「陶の命令通り、佐東銀山城を攻め落とすのです。それも情け容赦なく、徹底的に。そうすれば晴賢は、貴殿への疑いを完全に解き、心から信用するでしょう」
かつての同胞に、刃を向けろと言うのか。
それも、見せしめのために。
「そ、そのような非道なこと……」
「非道、ですかな。これはより大きな勝利のために必要な、小さな犠牲にござる。貴殿の息子殿の命と、どちらが重いか、お分かりのはず」
その冷たい言葉。
わたくしはもはや、元就の手の上で踊る人形に過ぎなかった。
わたくしに否と言う力は残されていなかった。
わたくしは数日後、桜尾城の兵を率いて佐東銀山城へと軍を進めた。
城を守る毛利の兵たちの、驚き、そして絶望に満ちた顔。
「桂殿! ご謀反か!」
わたくしは何も答えず、ただ全軍に総攻撃を命じた。
心の中で血の涙を流しながら。
わたくしはこの日、友を裏切り、忠誠を偽り、魂を売ったのだ。
すべては、毛利の勝利のために。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
味方を一度裏切らせることで、敵を完全に信用させる。元就の謀略は、もはや常人の理解を超えた領域に達しています。
さて、友を裏切ってまで陶の信用を勝ち取った元澄。しかし、それは元就の壮大な謀略の、ほんの序章に過ぎませんでした。
次回、「陶への密告」。
元就の本当の狙いが、ついに明らかになります。
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