桜尾城、厳島合戦秘話 第3話:元就の揺さぶり
作者のかつをです。
第八章の第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
今回は、元就の得意とする情報戦、心理戦が、主人公、元澄をいかに追い詰めていくかを描きました。彼の孤独な苦悩が伝われば幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
陶晴賢からの非情な出陣命令。
わたくし、桂元澄は苦悩の末、一つの策を講じた。
陶の命令に従うふりをするのだ。
「……承知した。兵を集め、佐東銀山城へと向かおう」
わたくしは使者にそう答えた。
だが、それは時間稼ぎだった。
兵の準備に時間がかかっているなどと理由をつけて出陣を引き延ばし、その間に毛利と陶、どちらの形勢が有利になるか見極めようと考えたのだ。
父が言っていた、「家のためになる道」を選ぶための苦肉の策だった。
しかし、わたくしのそんな浅はかな考えなど、あの謀神、毛利元就にはすべてお見通しだった。
数日後、桜尾城の城下に奇妙な噂が流れ始めた。
「桜尾城の殿様は、陶様を裏切り毛利に寝返ったらしい」
「いや、逆だ。毛利を裏切り、完全に陶の犬になったそうだ」
正反対の二つの噂。
それは明らかに意図的に流されたものだった。
元就様はわたくしがどちらにもつけぬ、蝙蝠のような態度を取ることを読んでいたのだ。
そして、両陣営からわたくしを孤立させようとしていた。
さらに、元就様の揺さぶりは続く。
「――貴殿のご子息、元延殿は今、我らが吉田郡山城にて元気に過ごされておりますぞ」
元就様からの次の密書には、そう書かれていた。
わたくしの息子、元延は人質として吉田郡山城に預けられている。
その息子の身の安全をそれとなくちらつかせ、わたくしに決断を迫ってきたのだ。
卑劣な。
わたくしは怒りに震えた。
だが同時に、底知れぬ恐怖を感じていた。
この男は人の心の最も弱い部分を、的確に突いてくる。
そこへ追い打ちをかけるように、今度は陶晴賢から催促の使者がやってきた。
「桂殿、出陣はまだか! いつまでぐずぐずしておるのだ! もしや何か、良からぬことを企んでおるのではあるまいな!」
進むも地獄。
退くも地獄。
わたくしは精神的に、完全に追い詰められていた。
夜、眠ろうとすると父の声が聞こえてくるようだった。
「――選ぶのだ、元澄。家のために、非情になれ」
わたくしは、もう限界だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
噂、そして人質。元就はありとあらゆる手段を使って、元澄の心を折りにかかります。まさに、戦わずして人を屈服させる、彼の真骨頂です。
さて、精神的に追い詰められた元澄。彼の煮え切らない態度は、ついに城内の家臣たちにも不和をもたらします。
次回、「家臣たちの亀裂」。
桜尾城は、内側から崩壊し始めます。
物語の続きが気になったら、ぜひブックマークをお願いします!




