桜尾城、厳島合戦秘話 第2話:二人の主君
作者のかつをです。
第八章の第2話をお届けします。
今回は、主人公、桂元澄の複雑な立場と、彼が直面した究極の選択を描きました。忠義とは何か。彼の苦悩が深まっていきます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
毛利元就様からの密書を読んだ夜。
わたくし、桂元澄は眠れぬまま、亡き父の位牌の前で一人座していた。
わたくしたち桂家は、もともと毛利の庶流。父の代から毛利の重臣として仕えてきた。わたくし自身も幼い頃は、元就様の子、隆元様と共に学んだ仲だ。
だが同時に、この桜尾城は安芸国における大内家の最も重要な拠点の一つ。わたくしは大内家からも禄を食む家臣でもあるのだ。
父は常々わたくしに言っていた。
「元澄、良いか。我らは二人の主君を持つ。毛利への忠義と大内への忠義。その二つを天秤にかけ、常に最も家のためになる道を選ぶのだ。たとえそれがいかなる非情な道であったとしても」
父上。
わたくしにはわかりませぬ。
今、どちらを選ぶことが家のためになるのか。
陶晴賢の勢いはとどまるところを知らない。兵力で言えば毛利の十倍はあるだろう。ここで毛利につけば、桜尾城は一日ともたずに踏み潰されるに違いない。
だが、元就様のあの底知れぬ知略。そして、主君を弑した晴賢に正義はあるのか。
わたくしの心は千々に乱れていた。
そんなわたくしの苦悩を嘲笑うかのように。
翌朝、陶晴賢からの使者が城にやってきた。
その命令はあまりにも簡潔で、そして残酷なものだった。
「――毛利方の、佐東銀山城を攻め落とせ」
佐東銀山城。
そこを守るのは、わたくしもよく知る毛利家の譜代の家臣たち。
わたくしにかつての同胞へ、刃を向けろと言うのか。
「これは晴賢様が貴殿の忠誠を試すための戦にござる。もしこの命に背くようならば……お分かりですな?」
使者の目は笑っていなかった。
断れば、陶の大軍がこの桜尾城に押し寄せてくる。
だが従えば、毛利とは完全に敵対することになる。
元就様からの甘い誘い。
そして晴賢からの厳しい命令。
わたくしはまさに絶体絶命の窮地に立たされた。
進むも地獄。
退くも地獄。
わたくしは一体、どちらの道へ進めばよいというのか。
わたくしは使者の前で、ただ青い顔で立ち尽くすことしかできなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
毛利と陶。二人の主君から全く逆の要求を突きつけられた元澄。彼の苦悩は最高潮に達します。
さて、絶体絶命の窮地。元澄はこの難局をどう乗り切ろうとするのか。
次回、「元就の揺さぶり」。
彼の苦悩を見透かした元就が、さらに非情な手を打ってきます。
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