宮尾城、厳島の囮 第6話:嵐の夜
作者のかつをです。
第七章の第6話をお届けします。
絶体絶命の窮地に訪れた嵐。そして、待ちわびた元就の本隊の到着。今回は、劇的な逆転の瞬間を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
庄太を失った俺、勘助の心はもはや空っぽだった。
悲しみも怒りも感じなかった。
ただ、機械のように槍を振り続けた。
日が暮れ始めた。
だが、陶軍の攻撃は止まない。
城門はすでに破られ、城内は敵と味方が入り乱れる地獄と化していた。
俺たち生き残った兵は本丸に集まり、最後の抵抗を続けていた。
その数、もはや百にも満たない。
もう、これまでか。
誰もが死を覚悟した、その時だった。
空がにわかにかき曇り、稲光が走った。
そして、バケツをひっくり返したような激しい雨が降り始めたのだ。
嵐だった。
風が吹き荒れ、雨が叩きつける。
「天が我らに味方したぞーっ!」
総大将、乃美殿が叫んだ。
「元就様がお着きになるまで、あと少しじゃ! 皆、それまで持ちこたえよ!」
その言葉に、俺たちの心に最後の希望の火が灯った。
元就様が来る。
この嵐の夜に、必ず我らを助けに来てくださる。
俺たちは残った最後の力を振り絞った。
嵐は夜半過ぎまで吹き荒れた。
その風雨の音に紛れて。
俺たちの耳に、確かに聞こえた。
本土の方から近づいてくる、数えきれないほどの船の櫂が水を掻く音。
そして、陶軍の背後から突如として上がった、巨大な鬨の声。
「うおおおおおっ!」
毛利の本隊だ。
元就様が来たのだ。
俺たちは泣いていた。
皆、泥まみれ、血まみれの顔で声を上げて泣いていた。
俺たちの死は、無駄ではなかった。
俺たちの犠牲が、ついに勝利の狼煙を上げたのだ。
俺は天を仰いだ。
激しい雨が俺の涙を洗い流していく。
庄太、聞こえるか。
俺たちは、勝ったんだぞ。
俺はそこで、糸が切れたように意識を失った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この合戦の前夜に嵐が吹いたというのは史実です。元就は、この天候さえも味方につけ、奇襲を成功させたのです。まさに、「謀神」、神がかり的な采配と言えるでしょう。
さて、奇跡の勝利。しかし、その代償はあまりにも大きいものでした。
次回、「丘の上の夜明け(終)」。
第七章、感動の最終話です。
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