鏡山城、最初の謀略 第6話:裏切りの決断
作者のかつをです。
第一章の第6話をお届けします。
追い詰められ、疑心暗鬼に陥った人間がどのような決断を下すのか。今回は、蔵田直信の悲しい決意の瞬間を描きました。物語は、いよいよ最終局面へと突入します。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
その日の軍議は、これまでになく緊迫していた。
城内の動揺を抑えるため、蔵田房信はついに、叔父の直信を家臣たちの前で詰問したのだ。もはや、彼の若さゆえの焦りは隠しきれなくなっていた。
「叔父上。近頃の噂、まことでござるか。大内に内通しているというのは。はっきりと、お答えくだされ! 家臣たちの動揺を鎮めるためにも!」
その言葉は、もはや尋問だった。直信は、顔を真っ赤にした。屈辱に、肩が震えている。
「房信! このわしを疑うか! この城のために、先代様のために、どれだけわしが力を尽くしてきたか、忘れたとは言わせんぞ!」
「ならば、なぜ潔白を証明されぬ! 噂が嘘であるならば、なぜ堂々としておられぬのです! 何か、やましいことでもあるのか!」
二人の怒声が、飛び交う。
他の家臣たちは、ただ青い顔でうつむいているだけだった。房信派と直信派で、家中の空気はすでに真っ二つに割れていた。もはや、どちらの味方をすればよいのか、誰にもわからない。城の守りは、外からではなく内から崩れようとしていた。
その時、直信の心の中で何かが、ぷつりと音を立てて切れた。
もはや、これまでか。
このままここにいても、いつかこの血気にはやる若造に、あらぬ疑いをかけられ粛清されるだけだ。そうなれば、わしに従う者たちも路頭に迷うことになる。
ならば――。わしが、この城を守るしかない。この愚かな甥から、奪い取ってでも。
その夜。
直信は、密かに飼っていた鷹の足に、小さな文を結びつけた。
大内への、返書だった。
文には、ただ、一言。
「――今宵、丑の刻。北の櫓に、火を放つ」
鷹は、主の思いを乗せ、闇夜の中へと羽ばたいていった。もう、戻れぬ。直信は、空を見上げ、固く拳を握りしめた。
◇
大内軍の陣。
毛利様の陣幕に、一羽の鷹が舞い降りた。
元就様は、その文に目を通すと静かに頷いた。
「……魚は、かかったな」
彼はすぐに、総大将の元へと向かった。
「今宵、決戦にござる。全軍に、出陣の準備を」
その声は、氷のように冷たかった。
俺たち足軽にも、すぐに出陣の準備が命じられた。陣中はにわかに活気づき、武具の音が響き渡る。
腹の底から、武者震いがこみ上げてくる。
ひと月以上も、俺たちを苦しめ続けたあの難攻不落の城が、今夜、ついに落ちる。
謀略によって。
血の繋がった、叔父の裏切りによって。
俺は、槍を握りしめながら、戦というものの本当の恐ろしさを、改めて噛みしめていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
一度、狂い始めた歯車は、もう誰にも止められません。直信の決断は、彼自身と鏡山城の運命を決定づけてしまいました。
そして、ついに約束の夜がやってきます。
次回、「落城の日」。
鏡山城の、最後の瞬間を見届けてください。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




