宮尾城、厳島の囮 第3話:死を覚悟した者たち
作者のかつをです。
第七章の第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
今回は、この宮尾城の本当の目的がついに兵たちに明かされます。死を覚悟させられる絶望と、その中に芽生える誇り。兵たちの悲壮な決意を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
俺、勘助と庄太は、生まれて初めて粗末な足軽の具足を身に着けた。鉄の冷たい重さが、ずっしりと肩にのしかかる。
手に握らされたのは、一本の竹槍。人を突くための道具だ。
俺たちは神人から一夜にして、宮尾城を守る兵士にされてしまったのだ。
城には俺たち島の者三百と、毛利家から派遣された二百の兵、合わせて五百の兵が籠もることになった。
城の総大将は毛利家の家臣、乃美宗勝という武将だった。いかにも実直そうな、だが目の鋭い男だった。
その乃美殿の元に、俺たち城兵がすべて集められた。
乃美殿は俺たちの不安げな顔を見渡すと、静かに、しかし力強い声で語り始めた。
「皆、聞いてくれ。これからわしが話すことは、この宮尾城の、そして毛利家の運命を左右する極秘の策にござる」
城内が静まり返る。
「皆も薄々気づいておろう。この宮尾城はあまりにも小さい。そしてあまりにも脆い。陶の二万と号する大軍を、防ぎきることは到底不可能じゃ」
その絶望的な言葉に、俺たちは息を呑んだ。
では、なぜ我らはここにいるのだ。犬死にさせられるためか。
「その通り。この城はいずれ落ちる。我らは皆、ここで死ぬことになるやもしれぬ」
乃美殿は続けた。その声には一切の迷いはなかった。
「じゃが、我らの死は決して無駄死にではない! この城は、陶の大軍をこの厳島におびき寄せるための囮なのだ!」
囮。
俺たちは、捨石。
「我が主、元就様は陶の大軍がこの狭い厳島に上陸し、我らがこの城で時間を稼いでいる隙に、本土から本隊を率いて奴らの背後を突くおつもりじゃ! この厳島は、大軍が動くにはあまりにも狭すぎる。そこを奇襲すれば、いかに陶の大軍とて身動きが取れず、必ずや打ち破ることができる!」
すべては、元就様の壮大な謀略。
俺たちは、その計画の最も重要な駒だったのだ。
「皆に死んでくれとは言わぬ。じゃが、毛利の未来のために、そしてこの安芸国の平和のために、どうか、わしに命を預けてはくれまいか!」
乃美殿はそう言うと、俺たちの前で深々と頭を下げた。
誰も何も言えなかった。
あまりにも過酷な役目。
だが、俺の心の中には不思議と恐怖はなかった。
むしろ、この神聖な島を守るためならば、この命、惜しくはないという誇らしい気持ちさえ湧き上がってきていた。
俺は隣にいる庄太の顔を見た。
あんなに弱音を吐いていた彼の目にも、今は覚悟の光が宿っていた。
俺たちは、死を覚悟した。
ただ静かに、敵が来るのを待つだけだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
自らの命を犠牲にして勝利を掴む。これこそが元就が描いた、厳島合戦の恐るべき筋書きでした。
さて、覚悟を決めた勘助たち宮尾城の城兵。いよいよ、その運命の時がやってきます。
次回、「陶、来たる」。
瀬戸内の海を埋め尽くす、陶の大船団が厳島に迫ります。
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