宮尾城、厳島の囮 第2話:捨石の城
作者のかつをです。
第七章の第2話をお届けします。
今回は、厳島に宮尾城が築かれていく過程を、主人公、勘助の視点から描きました。平穏な日常が少しずつ戦に蝕まれていく、不気味さを感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
俺の不安が的中するのに、そう時間はかからなかった。
ある日、俺たち島の若い男たちは神社の広場に集められた。いつもは祭りの準備などで賑わう場所だが、その日は張り詰めた空気が支配していた。
そこには毛利家の家臣たちが、ずらりと並んでいる。その鋭い眼光に、俺たちは思わず身を縮こまらせた。
その中心にいた武将が、重々しく口を開いた。
「皆に聞いてもらいたい。我が主、毛利元就様より直々の御命令である!」
広場が静まり返る。
「――これより、この厳島に新たに城を築く!」
その言葉に、俺たちはどよめいた。
城を築く?
この神聖な島にか。神域を土木で荒らすなど、前代未聞のことだ。
「場所は本土を見渡せる、あの宮ノ尾の丘。城の名は宮尾城と致す! 島内の者は皆、この築城に協力せよ! これは陶の暴虐からこの島を守るための戦支度である!」
それは命令だった。
俺たちに否と言う選択肢はない。
翌日から俺たちの生活は一変した。
俺と庄太も神社の仕事は休みとなり、毎日宮ノ尾の丘へと通うことになった。
仕事は過酷だった。
木を切り倒し、岩を運び、堀を掘る。
慣れない肉体労働に体は悲鳴を上げた。手のひらの豆は潰れ、血が滲んだ。神事に仕える繊細な仕事しかしたことのない俺たちの手は、あっという間に傷だらけになった。
「ちくしょう、なんで俺たちがこんなことを……。これじゃただの人夫じゃねえか」
庄太が弱音を吐いた。
俺も同じ気持ちだった。
だが、築城は驚くほどの速さで進んでいった。
毛利家から派遣されてきた普請奉行の指揮は、実に見事なものだった。彼は俺たち島の者にも決して威張ることなく、丁寧に仕事を教えてくれた。
そして、ひと月も経たぬうちに宮ノ尾の丘には、粗末ながらも城と呼べるだけの砦が完成した。
その小さな城を見上げながら、俺は不思議な気持ちだった。
本当にこんな小さな城で、あの陶の大軍を防ぐことができるのだろうか。
むしろ、こんな城をわざわざ築くことで、陶を挑発しているようにしか思えない。
まるで、どうぞ攻めてきてくださいと言わんばかりの作りだ。
その疑問の答えは、すぐに明らかになる。
城が完成した数日後。
俺と庄太は再び呼び出しを受けた。
今度は俺たち若い者だけでなく、島で槍働きのできる者がすべて集められていた。
毛利家の武将が、俺たちの前に進み出る。
そして、あまりにも過酷な命令を下した。
「――これより、貴殿らにはこの宮尾城の城兵となってもらう!」
その言葉の意味を俺が理解するのに、しばらくの時間がかかった。
神人である俺たちが、武士となって戦えと言うのか。
この、いかにも脆そうな城で。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この宮尾城の築城こそが、厳島合戦のすべての始まりでした。元就の壮大な謀略の第一歩です。
さて、神人から一夜にして兵士にされてしまった勘助たち。彼らは、この小さな城で何を思うのでしょうか。
次回、「死を覚悟した者たち」。
ついにこの城の本当の目的が明かされます。
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