吉田郡山城、3千の覚悟 第10話:勝利の代償(終)
作者のかつをです。
第六章の最終話です。
長かった戦いの終わりと、主人公・弥助の帰郷。そして、勝利の裏にある大きな代償を描きました。この物語のテーマである「過去と現代の繋がり」を、改めて感じていただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
尼子軍が出雲へと敗走してから、数日後。
俺たち農兵に、解散の命が下された。
長かった戦が、終わったのだ。
俺は、報奨として与えられたわずかばかりの米を抱え、故郷の村へと続く道を一人歩いていた。
だが、そこに俺が知っている村の姿はなかった。
あるのは自分たちの手で焼き払った、家々の黒い残骸だけ。
春が来て、野原には新しい草が芽吹き始めていたが、それはあまりにも悲しい光景だった。
村のあった場所の少し高台に、避難民たちが暮らす粗末な小屋がいくつか建てられていた。
その一番小さな小屋の前に、見覚えのある小さな背中があった。
「……母ちゃん」
俺が声をかけると、その背中がゆっくりと振り返った。
「……弥助?」
皺だらけの顔が驚きに見開かれ、やがて、くしゃくしゃに歪んだ。
「弥助! 弥助えぇぇ!」
母ちゃんは俺に駆け寄ると、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
俺も涙が止まらなかった。
生きて、帰れた。
俺はこの腕で、母ちゃんをもう一度抱きしめることができたのだ。
俺たちは、勝った。
だが、多くのものを失った。友も、家も、畑も。そして俺の心には、人を殺めた重い感触が今もこびりついている。
これが、戦に勝つということなのか。
俺にはまだ、わからない。
ただ、一つだけわかることがある。
俺たちは、生き延びた。
この焼かれた故郷で、もう一度畑を耕し、種を蒔き、生きていかねばならない。
それがこの戦で死んでいった藤吉や、茂作への一番の供養になるはずだから。
俺は母ちゃんの肩を抱きながら、郡山城をそっと見上げた。
山は何も語らず、ただ春の柔らかな日差しを浴びて、静かにそびえ立っていた。
◇
……現代。安芸高田市、吉田町。
郡山城跡に登ると、眼下には田園風景と穏やかな町並みが広がっている。
この当たり前のように広がる平和な風景。
その下には、かつて故郷を守るために名もなきまま戦い、死んでいった弥助のような若者たちの無数の魂が眠っている。
そのことを思うと、城跡を吹き抜けていく風の音が、彼らの遠い日の雄叫びのように聞こえてくる気がした。
(第六章:奇跡の籠城戦 ~吉田郡山城、3千の覚悟~ 了)
第六章「奇跡の籠城戦」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
この勝利により、毛利元就の名は一躍、中国地方に轟くことになります。しかし、その栄光の裏には、弥助のような数多くの農兵たちの犠牲があったことを、忘れてはならないでしょう。
さて、この戦いを経て毛利家は中国地方制覇へと、大きく舵を切ります。
次回から、新章が始まります。
第七章:勝利のための捨石 ~宮尾城、厳島の囮~
日本三大奇襲戦の一つ、「厳島合戦」。その勝利の裏には、死を覚悟で敵を欺いた、知られざる「囮の城」がありました。そこに籠もった兵士たちの、壮絶な物語です。
引き続き、この壮大な山城史探訪にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第七章の執筆も頑張れます!




