吉田郡山城、3千の覚悟 第2話:籠城の決断
作者のかつをです。
第六章の第2話をお届けします。
今回は、絶望的な状況の中、毛利元就が、いかにして兵たちの心を一つにしたのかを描きました。彼の言葉が、物語を大きく動かします。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
城内の空気は、鉛のように重かった。
「もはや、これまでじゃ」「降伏するしかあるまい。首を差し出せば、領民の命だけは、助けてくれるやもしれん」
物見櫓から戻ってきた足軽たちの間では、そんな囁きが交わされている。無理もない。眼下に広がる尼子軍の威容は、戦う前から、俺たちの心をへし折るには十分すぎた。俺も、いっそ、降伏してくれた方が、楽になれるのではないかとさえ、思い始めていた。
その時だった。
「御屋形様の、おなーりー!」
甲高い声と共に、本丸の櫓門から、一人の武将が静かに姿を現した。
派手な甲冑を纏っているわけではない。むしろ、質素な具足姿だった。だが、その男がそこに立っただけで、数千の兵たちのざわめきが、ぴたりと止んだ。
毛利元就。
この城の主であり、俺たちの命運を握る男。
元就様は、ゆっくりと俺たちを見渡すと、静かに、しかし腹の底に響くような声で、語り始めた。
「皆、聞いての通り、敵は三万。我らは三千。多勢に無勢、勝ち目はないと、誰もが思うておろう」
その言葉に、兵たちの顔が、一層暗くなる。俺も、思わず、うつむいた。
「じゃが、わしは、降伏はせぬ。この城を枕に、討ち死にする覚悟じゃ。なぜなら、この城の後ろには、我らが妻子父母の暮らす村がある。この城を明け渡せば、奴らは、我らが守るべきものを、ことごとく蹂躙するであろう。畑を荒らし、家に火をかけ、女子供を弄ぶ。わしは、それだけは、許せぬ」
元就様は、そこで一度、言葉を切った。
「わしと共に、死んでくれとは言わぬ。じゃが、わしと共に、守ってくれ。我らが、故郷を。家族を。……命尽きる、その時まで」
その声は、決して力強いものではなかった。
だが、不思議なことに、元就様の言葉を聞いているうちに、あれほど恐ろしかった足の震えが、いつの間にか止まっていた。
そうだ。俺が、ここで、逃げたら、母ちゃんは、どうなるんだ。
降伏しても、殺されるかもしれぬ。家族も、無事では済むまい。ならば――。
「おおーっ!」
誰かが、雄叫びを上げた。
それが、狼煙だった。次々と、雄叫びが伝染していく。それはやがて、山全体を揺るがすような、巨大な鬨の声となった。
俺も、柄にもなく、喉が張り裂けんばかりに叫んでいた。
死ぬのは、怖い。
だが、この人となら、戦える。
この人の、ためなら、死ねる。
そう、思ってしまったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
絶望的な状況でこそ、指導者の言葉の力が試されます。元就の演説は、兵たちの恐怖を「故郷を守る」という誇りへと変えました。
さて、覚悟を決めた毛利軍。しかし、元就が下した最初の命令は、あまりにも非情なものでした。
次回、「城下の焦土作戦」。
弥助は、自らの故郷が燃える様を、目の当たりにします。
よろしければ、応援の評価をお願いいたします!
ーーーーーーーーーーーーーー
この広島の片隅の物語が、あなたが暮らす「故郷」の歴史に、想いを馳せるきっかけになれば嬉しいです。noteでは、そんな僕の想いや、全シリーズの裏話、開発中のアプリについて発信しています。
▼作者「かつを」の創作の舞台裏
https://note.com/katsuo_story




