吉田郡山城、3千の覚悟 第1話:尼子3万、安芸侵攻
作者のかつをです。
本日より、第六章「奇跡の籠城戦 ~吉田郡山城、3千の覚悟~」の連載を開始します。
物語は、少し、時間を遡り、毛利家の、運命を、決定づけた、日本史に残る、壮絶な、籠城戦を、描きます。主人公は、ごく普通の、農民の少年、弥助です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島県安芸高田市、吉田町。
町の中心に、こんもりと盛り上がるようにしてそびえる、郡山。今では、木々に覆われた静かなその山が、かつて三十万の石垣と無数の曲輪を持つ巨大な要塞であり、日本史に残る壮絶な籠城戦の舞台であったことを知る人は、そう多くない。
物語の時を、少しだけ、遡らせていただこう。これは、まだ毛利元就が、安芸国の一介の国人に過ぎなかった頃。圧倒的な絶望を前に、知恵と勇気で故郷を守り抜いた、名もなき民たちの、誇りの物語である。
◇
天文九年(一五四〇年)、夏の終わり。
「――尼子が、来た」
その報せは、熱病のように、安芸の国人たちの間を駆け巡った。
出雲の太守、尼子晴久が、三万と号する大軍を率いて、ついに安芸国への侵攻を開始したのだ。先鋒を務めるのは、尼子最強と謳われる精鋭部隊「新宮党」。その勢いは、まさに破竹。風に散る木の葉のごとく、道中の城は次々と落ちていく。
俺、弥助が生まれ育った可愛川沿いの小さな村にも、その報せは届いた。俺は、鋤を鍬に持ち替える間もなく、半ば無理やり徴兵され、吉田郡山城へと送られた。まだ、十六の年だった。
「弥助、必ず、生きて帰ってこいよ」
母が、涙ながらに握らせてくれた、歪な握り飯の味が、まだ口の中に残っている。父は、前の戦で、足を悪くしており、代わりに、俺が行くしかなかった。
吉田郡山城は、麓から見上げるだけでも、目もくらむような巨大な山城だった。こんな大きなもの、見たこともない。だが、この城に籠もる兵の数は、女子供まで合わせても、三千に満たないという。村の長老たちは、「元就様なら、なんとかしてくださる」と口を揃えていたが、本当に、そうだろうか。
三万対、三千。
算術も知らぬ俺でもわかる、絶望的な数字。
城壁の上から見下ろす可愛川の向こうには、すでに尼子軍の無数の旗指物が、まるで赤い虫けらのように、大地を埋め尽くし始めていた。その軍勢は、地平線の、遥か向こうまで続いているように見えた。
「おい、見たか。あれが、尼子の新宮党だそうだ。鎧からして、俺たちとは、違う」
「……勝てるのか、俺たち」
周りの、俺と同じように、無理やり連れてこられた農兵たちは、皆、青い顔をして、震えている。
俺は、ただ、震える手で、生まれて初めて握る、穂先が錆びついた槍を、きつく、きつく握りしめることしかできなかった。
故郷の、母の顔が、浮かんでくる。
生きて、帰る。
そう、心に、誓ったはずなのに。
俺の足は、もう、生まれたての、子鹿のように、震えていた。
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第六章、第一話いかがでしたでしょうか。
絶望的な、兵力差。後に、謀神と、呼ばれることになる、元就も、この時ばかりは、絶体絶命の、窮地に、立たされていました。
さて、恐怖に、震える、兵たちの前に、ついに、城主、毛利元就が、姿を現します。
次回、「籠城の決断」。
彼の、言葉が、兵たちの、心を、一つにします。
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