吉田郡山城、3千の覚悟 第6話:援軍はまだか
作者のかつをです。
第六章の第6話をお届けします。
今回は、兵糧攻めの過酷さを、主人公・弥助の視点から描きました。戦で死ぬことよりも、飢えで死ぬことの恐怖。籠城戦の、最も辛い局面です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
夜討ちの成功で得た希望は、長くは続かなかった。
尼子軍は、力攻めを諦め、兵糧攻めに、作戦を切り替えたのだ。
城は、完全に、封鎖された。
俺たちの食事は、日に日に、粗末になっていく。
最初は、粟と稗の粥だった。
それが、やがて、水気の多い、重湯のようになった。
そして、今は、椀の底に、米粒が数えるほどしか入っていない、ただの白湯だ。草の根や、木の皮を、煮て、食う者もいた。
皆、痩せこけ、顔には生気がなく、亡霊のように、城内を彷徨っている。力が出ず、石垣の上で、座り込んでいる者も多い。
噂が、囁かれるようになった。
「大内からの援軍は、本当に来るのか」
元就様は、この戦が始まる前、西の大大名である大内家に、援軍を要請したという。だが、その気配は、一向にない。
「見捨てられたんじゃ……。わしらは、ここで、干殺しにされるんじゃ」
誰かが、ぽつりと、呟いた。
その言葉が、俺たちの心を、じわじわと蝕んでいく。
そんな中、同じ村出身の茂作が、夜中に、城を抜け出そうとして、捕まった。
「腹が、腹が減って、もう、我慢できねえんだ! 許してくれ!」
泣き叫ぶ茂作は、見せしめとして、皆の前で、斬られた。
俺は、目を、そむけた。
敵に殺されるのではない。味方に、殺される。飢えが、人間を、鬼に変えていた。
夜、俺は、こっそりと懐に隠していた、母の握り飯の包み紙を、取り出した。もう、中身はない。だが、この紙には、まだ、米と、塩の匂いが、かすかに残っている。
俺は、その匂いを、何度も、何度も、嗅いだ。
涙が、ぽろぽろと、こぼれ落ちた。
母ちゃん、俺、もう、駄目かもしれねえ。
故郷の、母の顔が、闇の中に、ぼんやりと浮かんで、消えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
実際に、この籠城戦では、毛利方から多くの逃亡者や投降者が出たと言われています。それほど、城内の状況は、悲惨を極めていました。
援軍は来ないのか。このまま、飢え死にするしかないのか。絶望が、最高潮に達したその時――。
次回、「冬の到来」。
季節は、最も過酷な冬へ。しかし、そこに、わずかな変化の兆しが訪れます。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。
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