吉田郡山城、3千の覚悟 第5話:元就の謀略
作者のかつをです。
第六章の第5話です。
籠城戦が続く中、毛利元就が得意とした「謀略」の一端を描きました。大きな戦況を変えるものではなくても、小さな勝利が兵士たちの心に大きな影響を与えたことでしょう。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
膠着状態がひと月ほど続いた、ある夜のことだった。
俺が持ち場で寒さに震えながらうとうとしていると、背後から静かに声をかけられた。
「弥助、起きろ。出番だ」
組頭に連れていかれた先には、黒い夜着に身を包んだ数十人の男たちが集まっていた。その中には、昼間は俺たちと同じように石を投げていた顔なじみの男もいる。皆、覚悟を決めた顔をしていた。
「今宵、尼子の陣に夜討ちをかける」
組頭の言葉に、男たちが息を呑んだ。
俺たちの役目は陽動。本隊が敵の大将の陣を襲う隙を作るため、別の場所で松明を掲げ、鬨の声を上げるのだという。
「死ぬなよ。必ず生きて帰ってこい」
そう言い残し、組頭は闇の中へと消えていった。
月明かりもない本当の闇夜だった。俺たちは息を殺し、獣道を下っていく。足元の枯れ葉を踏む音さえも心臓に響く。心臓が今にも口から飛び出しそうだった。
合図の笛が短く鳴る。
「うおおおおおっ!」
俺たちは一斉に隠していた松明に火を灯し、ありったけの大声を上げた。
麓の尼子陣が、蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
「敵襲! 敵襲ーっ!」
その混乱の中、反対側の遥か遠くの陣でも火の手が上がり、剣戟の音が聞こえてきた。本隊がうまくやったのだ。
俺たちはしばらく鬨の声を上げ続けると、松明を捨て、蜘蛛の子を散らすように闇の中を城へと駆け戻った。
翌朝、城内は昨晩の戦果の噂で持ちきりだった。
夜討ちは成功し、敵の名の知れた武将を一人、討ち取ったのだという。
鉛のように重かった城内の空気が、その日を境に少しだけ軽くなった気がした。俺たちの顔にも久しぶりに笑顔が戻った。夜討ちに参加した俺は、仲間たちから少しだけ英雄扱いされた。
元就様はわかっていたのだ。
俺たちに必要なのは食料や休息だけではない。勝てるかもしれぬ、というほんの小さな「希望」なのだと。
俺は粥をすすりながら、元就様が采配を振るうという本丸の櫓をそっと見上げた。あの人は一体、どこまで先を見ているのだろう。
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この夜襲で討ち取られたのは、尼子方の武将・湯原宗綱とされています。この勝利は、毛利方の士気を大いに高めたと言われています。
しかし、小さな希望も長くは続きません。籠城戦はさらに過酷な局面へと突入していきます。
次回、「援軍はまだか」。
飢えと絶望が、再び城を支配します。
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