吉田郡山城、3千の覚悟 第4話:包囲網の中の日常
作者のかつをです。
第六章の第4話をお届けします。
今回は籠城戦の日常を描きました。英雄的な戦いではなく、名もなき兵士が体験したであろう、地味で、しかし過酷な現実を弥助の視点から描いています。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
尼子軍の総攻撃は凄まじいものだった。
「かかれーっ!」
地響きのような鬨の声と共に、何千という兵士たちが蟻のように山の斜面を駆け上がってくる。
俺は三の丸の石垣の上で、ただ必死に眼下の敵に向かって石を投げ続けた。弓矢や鉄砲といった高価なもんは侍衆が使う。俺たち農兵に与えられたのは、槍一本とそこらの石ころだけだ。
ヒュッと風を切る音が、耳元を掠めた。
隣で石を投げていた藤吉の喉に、一本の矢が深々と突き刺さっていた。
「……か、あ……」
藤吉は声にならない声を漏らすと、まるで糸の切れた人形のように石垣の下へと崩れ落ちていった。昨日まで、故郷の嫁の話を自慢げにしていた男だった。
死。
それはあまりにもあっけなく、そして無慈悲にすぐ隣にあった。
「ぼさっとするな! 次が来るぞ! 石を投げろ!」
組頭の怒声で、俺ははっと我に返る。
悲しんでいる暇などない。次は俺の番かもしれなかった。
最初の数日が過ぎると、不思議なことに恐怖は鈍い疲労へと変わっていった。
朝、法螺貝の音で目覚め、持ち場へ向かう。敵が来れば石を投げ、槍を突き出す。敵が引けば石垣を直し、味方の亡骸を片付ける。日が暮れれば、粟と稗だけの味のしない粥をすする。そして泥のように眠る。
その繰り返し。
日に日に食料は減っていく。仲間も減っていく。
俺たちはまるで、巨大な獣の腹の中に閉じ込められ、少しずつ消化されていくのを待っているだけのようだった。
夜、持ち場で見張りをしていると、麓の尼子軍の陣地から賑やかな篝火と酒盛りの声が聞こえてくることがあった。
腹の虫が、ぐぅ、と鳴った。
俺は、何を考えているのだろう。
ただ無性に、母の握ってくれたあの塩の効いた温かい握り飯が食いたかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
籠城戦において、兵士たちの最大の敵は敵兵そのものよりも、飢えや病、そして先の見えない不安による士気の低下でした。
しかし、そんな絶望的な状況の中、元就は一筋の光をもたらす策を放ちます。
次回、「元就の謀略」。
小さな勝利が、城内の空気を変えます。
よろしければ、応援の評価をお願いいたします!




