吉田郡山城、3千の覚悟 第3話:城下の焦土作戦
作者のかつをです。
第六章の第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
今回は籠城戦のセオリーでありながら、兵士たちにとってはあまりにも過酷な「焦土作戦」を描きました。主人公・弥助の葛藤を感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
覚悟を決めた俺たちに下された最初の命令。
それは信じがたいものだった。
「城下の村々を、焼き払う」
尼子軍の兵糧となるものを、すべて焼き尽くすのだという。
俺たちが守るべきはずの故郷を、自らの手で。
「な、なんで……」「俺たちの家が……」
兵たちの間に動揺が走る。さっきまでの高揚した空気は、どこにもなかった。俺も頭が真っ白になった。麓の村には、知り合いの顔もたくさんある。
有無を言わさず、俺たちはいくつかの部隊に分けられ、麓へと下ろされた。もちろん住民たちはすでに城内へと避難している。だが、そこは俺たちが生まれ育った場所だった。
「火を放て! 一刻も早く! ぐずぐずするな!」
武士たちの怒声が飛ぶ。
俺は震える手で、松明を握りしめた。目の前には友人の権爺が営んでいた、小さな鍛冶屋がある。何度も遊びに行き、壊れた鍬を直してもらった場所だ。
(すまねえ、権爺……)
心で詫びながら、俺は茅葺屋根に松明を押し付けた。
パチパチと小さな音を立てて燃え始めた炎は、乾いた風にあおられ、あっという間に巨大な火柱となった。
次々と火の手が上がる。
俺たちが駆け回った野原が、魚を捕った小川が、初恋の娘に会った辻が、すべて赤い炎に飲み込まれていく。家畜の逃げ惑う悲鳴が聞こえる。
それは地獄のような光景だった。
城へと引き上げる途中、俺は振り返って燃え盛る故郷を見た。
空が黒い煙で覆われている。
元就様は俺たちに「故郷を守れ」と言った。
だが、守るべき故郷はもうない。
俺たちは帰る場所を失ったのだ。
もうこの城で戦い、勝つ以外に生きる道はない。
元就様の本当の狙いはこれだったのかもしれない。俺たちの最後の逃げ道を、断ち切ること。
そのあまりの非情さに、俺はただ唇を噛みしめることしかできなかった。
頬を熱いものが伝った。
それは炎の熱気のせいだけではなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
焦土作戦は敵の補給を断つと同時に、味方の兵士たちに「もう後がない」という覚悟を植え付ける心理的な効果もあったと言われています。元就の冷徹な判断力が光ります。
さて、すべての準備は整いました。いよいよ尼子軍による総攻撃が始まります。
次回、「包囲網の中の日常」。
弥助は初めて、本当の戦場の恐怖を味わいます。
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