高山城、追われた者の無念 第6話:歴史の影(終)
作者のかつをです。
第五章の最終話です。
歴史の表舞台から去った繁平のその後の人生と、彼の視点から見た隆景の活躍。そして最後に彼がたどり着いた心境を、静かに描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
わたくし、小早川繁平はその後、名を紹平と改め、教真寺という寺で静かに余生を送った。
わたくしが去った後、小早川隆景は見事な手腕を発揮した。
彼はまず、沼田の隣にあった竹原小早川家も相続し、二つの小早川を一つにまとめた。
そして父、元就、兄、隆元、吉川元春と共に、毛利家の中国地方制覇に大きく貢献した。
彼の知略は父、元就に勝るとも劣らないと噂された。
そして、彼は決して驕ることなく、常に小早川の家臣たちを大切にし、領民たちにも善政を敷いたという。
わたくしの最後の願いは、見事に果たされたのだ。
それで、よかった。
そう心から思えるようになったのは、わたくしがずいぶんと歳を重ねてからのことだった。
目が見えぬわたくしの耳には、様々な噂が入ってくる。
隆景が、海の上に三原城という新しい城を築いたこと。
織田信長や豊臣秀吉といった天下人たちと渡り合ったこと。
そして彼が、生涯わたくしのことを「父上」と呼び、わたくしが隠居したこの寺を手厚く保護してくれたこと。
彼は彼なりに、わたくしへの負い目を感じていたのかもしれない。
あるいは、それもまた父、元就に似た、人心掌握術の一つだったのかもしれないが。
もう、どちらでもよかった。
わたくしは七十一歳で、その生涯を閉じた。
盲目のわたくしが見た最後の光景は、なぜか、あの高山城の天守から見た、きらきらと輝く瀬戸内の海の景色だった。
歴史は常に、勝者が作る。
小早川隆景は名将として、その名を後世に残した。
そして、わたくし、小早川繁平の名は、彼に家を譲った悲劇の前当主として、歴史の片隅に記されるだけだ。
それで、よい。
わたくしは歴史の影。
だが、影があるからこそ、光はより強く輝くのだ。
◇
……現代、三原市。
高山城跡には、今は曲輪の跡や堀切が残るのみで、往時の壮麗な姿を知ることは難しい。
だが、その丘の上に立てば、繁平が愛したであろう瀬戸内海への美しい眺望が広がっている。
歴史の輝かしい光の裏側で、静かにすべてを受け入れ消えていった若き城主がいたこと。
その声なき声に耳を澄ませば、城跡を吹き抜ける風が、少しだけもの悲しい音色を奏でてくれるかもしれない。
(第五章:名門乗っ取りの影で ~高山城、追われた者の無念~ 了)
第五章「名門乗っ取りの影で」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
毛利家の栄光の裏には、このような悲しい物語もあったのです。歴史の光と影、その両面を描くことが、このシリーズのテーマでもあります。
さて、安芸国をほぼ手中に収めた毛利元就。次なる彼の標的は、宿敵、尼子氏が籠もる月山富田城。ではなく、その前に、どうしても片付けねばならぬ戦がありました。
次回から、新章が始まります。
第六章:奇跡の籠城戦 ~吉田郡山城、3千の覚悟~
物語は少し時間を遡り、毛利家の運命を決定づけた、日本史に残る壮絶な籠城戦を描きます。
引き続き、この壮大な山城史探訪にお付き合いいただけると嬉しいです。
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