高山城、追われた者の無念 第5話:城を去る日
作者のかつをです。
第五章の第5話をお届けします。
今回は、城を追われる繁平と、それを見送る隆景との最後の対話を描きました。敵、味方という単純な括りでは割り切れない、二人の若者の複雑な心情を感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
わたくし、小早川繁平が生まれ育った、この高山城を去る日がやってきた。
頭を丸め、僧衣に身を包んだわたくしを、見送る家臣はほとんどいなかった。
彼らはすでに新しい主君、小早川隆景に仕えている。
わたくしはもはや、過去の人間なのだ。
わたくしが寺へと向かう粗末な駕籠に乗り込もうとした、その時だった。
「――お待ちくだされ、父上」
凛とした声がした。
隆景だった。
彼はいつの間に、そこに立っていたのだろう。
「……何か、用かな、隆景殿」
わたくしはもう、彼を息子とは呼ばなかった。
彼はこの城の新しい城主。わたくしは、追われる身。
隆景はわたくしの前に進み出ると、深々と頭を下げた。
「……申し訳ござりませぬ。わたくしが至らぬばかりに、父上をこのようなお立場に追いやってしまいました。この御恩は、生涯忘れませぬ」
その声には、偽りのない誠意がこもっているように感じられた。
わたくしは暗闇の中で、彼の気配を探った。
この数年で、彼は随分と大きくなった。
声も低くなり、その立ち姿にはすでに大将の風格が漂っている。
「……顔を上げよ。そなたが謝ることは何もない」
わたくしは静かに言った。
「そなたも、そなたの父君、元就殿の大きな駒の一つに過ぎぬ。そなたもまた、この乱世の犠牲者よ」
隆景は何も言い返さなかった。
「……隆景殿。一つだけ、頼みがある」
「なんなりと、お申し付けくだされ」
「この小早川の家名を、そしてこの沼田の民を、頼んだぞ。わたくしには守れなかった、すべてをそなたが守ってくれ」
それがわたくしが最後に振り絞った、精一杯の言葉だった。
「……ははっ! この小早川隆景、生涯を懸けて!」
隆景の声が震えているのが、わかった。
わたくしはそれに気づかぬふりをした。
わたくしは静かに、駕籠の中へと入った。
駕籠がゆっくりと動き出す。
さらばだ、高山城。
わたくしが愛した故郷。
もう二度とその姿を見ることは叶わぬが、わたくしの心の中にはいつまでも、あの丘の上から見た美しい瀬戸内の海の輝きが焼き付いている。
わたくしの人生は終わった。
だが、わたくしの願いは、この若き後継者に託された。
それで、よい。
わたくしはそう、自分に言い聞かせた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
繁平の最後の願い。それは、皮肉にも隆景の手によって見事に果たされていきます。隆景はその後、毛利家を支える名将として、この小早川の家名を大きく発展させていくことになるのです。
さて、歴史の表舞台から静かに去っていった繁平。
次回、「歴史の影(終)」。
第五章、感動の最終話です。
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