高山城、追われた者の無念 第2話:毛利からの養子
作者のかつをです。
第五章の第2話をお届けします。
今回は、毛利元就の巧妙な乗っ取り計画が明らかになります。外堀を埋められ、逃げ道を断たれていく若き当主、繁平の絶望を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「――小早川家の末永き繁栄を願い、我が三男、徳寿丸を貴殿の養子として迎え入れてはいただけぬだろうか」
わたくしは一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
養子。
まだ十六のわたくしに、養子を迎えろと言うのか。
しかもそれは、事実上、毛利に家を明け渡せということに他ならない。
「……馬鹿な。わたくしはまだ若く、世継ぎをもうけることもこれから。なぜ今、養子を迎えねばならぬのですか」
わたくしが声を震わせながら問うと、使者は待ってましたとばかりに答えた。
「殿は近頃、目が悪化しておられるとか。万が一、家督を継ぐお子に恵まれなかった場合、小早川家はどうなりまするか。毛利の血を入れることこそが家を守る最善の道と、我が主、元就は考えておられるのです」
確かに、わたくしは生まれつき目があまり良くなかった。
だが、それは家督相続に支障をきたすほどのものではない。
これは口実だ。
わたくしがまだ若く、病弱であることにつけこんだ、あまりにも横暴な内政干渉。
「お断りいたします! この話は聞かなかったことに!」
わたくしが叫ぶと、広間の空気が凍り付いた。
その時だった。
それまで黙って控えていた、我が家の宿老たちが、おもむろに口を開いたのは。
「……殿。ここは毛利殿のお言葉に甘えるべきかと存じまする」
「な……何を言うか! そなたらまで毛利に寝返ったのか!」
「滅相もございません! ですが、今の我らだけで大内、尼子の両勢力と渡り合っていくのは困難。毛利家と手を結ぶことこそが、我らが生き残る唯一の道にございます!」
宿老たちの必死の説得。
わたくしは愕然とした。
いつの間に。
いつの間に、毛利元就は我が家の重臣たちをここまで手懐けていたのだ。
わたくしはすでに、この城の中で孤立していた。
味方はどこにもいなかった。
もはやわたくしに、否、と言う選択肢は残されていなかった。
わたくしは唇を血が滲むほど噛みしめ、うなだれることしかできなかった。
わたくしの人生の歯車が、この瞬間、大きく狂い始めたのだ。
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こうして、毛利元就の三男、徳寿丸は後の小早川隆景として、名門・小早川家を継ぐことになります。しかし、それは繁平の犠牲の上に成り立ったものでした。
さて、家臣にまで裏切られ、養子を受け入れざるを得なくなった繁平。
次回、「見えぬ圧力」。
彼の城主としての権威は、少しずつ奪われていきます。
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