相方城、猛将の誕生 第6話:最後の総攻撃
作者のかつをです。
第四章の第6話をお届けします。
ついに、落城の時。そして、元春が最も過酷な決断を迫られる瞬間です。彼の心の極限の葛藤を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
兵糧攻めを始めてから、ひと月が過ぎた。
じめじめとした梅雨の季節が始まろうとしていた。
相方城からの抵抗は日に日に弱まっていた。当初は城壁の上から威嚇の矢を放ってきたものだが、今ではその数もめっきりと減った。おそらく、弓を引く力さえ残っていないのだろう。
城内から夜陰に紛れて逃げ出してくる足軽を捕らえて話を聞くと、食料はすでに尽きかけており、ネズミや草の根を食って飢えをしのいでいるという。兵たちの士気も地に落ちている、と。
もはや潮時だった。
俺、吉川元春は全軍に最後の総攻撃を命じた。
だが、俺の心は晴れなかった。
城が落ちれば、父に命じられたあの非情な役目を果たさねばならない。
「――皆殺しにせよ」
あの冷たい声が耳から離れない。俺は本当に、それができるのだろうか。
今度の総攻撃で、俺は後方の本陣に留まった。
将の役目は、味方を守ること。
俺が先陣に立つことはもうない。その決意を家臣たちに示すためにも、俺はここを動かなかった。
攻撃は驚くほどあっけなく進んだ。
飢えと疲労でまともに戦える状態ではない敵兵たちは、次々と武器を捨て降伏してきた。城門もほとんど抵抗もなく、破られた。
やがて、本丸に白旗が掲げられた。
城主、江田氏が降伏を申し出てきたのだ。
勝鬨を上げる兵たち。
だが、俺はその喜びの輪に加わることはできなかった。
江田氏の一族が縄で縛られたまま、俺の前に引き出されてきた。
城主のまだ幼い息子が、怯えた目で俺を見上げている。その年は、十にも満たないだろう。
その澄んだ瞳が、俺の心の奥底に突き刺さった。
俺は、この子を殺さねばならぬのか。
父の命令だ。
毛利の未来のためだ。
わかっている。
頭ではわかっているのだ。
だが、俺の体は動かなかった。刀の柄にかけた手が、鉛のように重い。
「若……」
傅役の市正が心配そうに、俺の顔を覗き込む。
俺はぐっと奥歯を噛みしめた。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
俺は鬼になる。
民を、家臣を守るための鬼に。
俺は自らの腰の刀に手をかけた。
その、瞬間だった。
「お待ちくだされ!」
一人の伝令が、血相を変えて駆け込んできたのは。
「申し上げます! 御父君、元就様より早馬が! 江田氏の処遇について、新たな御命令にございます!」
父上から?
俺は目を見開いた。
なぜ、今。まさか。
俺の心の迷いを、見透かしたとでもいうのか。
俺は震える手で、その書状を受け取った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
鬼になる、と覚悟を決めた元春。しかし、その土壇場で父、元就から新たな命令が届きます。
果たして、その書状に書かれていた内容とは。
次回、「鬼の片鱗(終)」。
第四章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




