相方城、猛将の誕生 第3話:包囲網
作者のかつをです。
第四章の第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
初陣にして総大将。そして非情な決断。若き元春が初めて、将としての重圧と孤独に直面します。彼の心の葛藤を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
夜明けと共に、俺、吉川元春は千五百の兵を率いて吉田郡山城を出陣した。
目指すは、相方城。
俺の心は重かった。
父に命じられた「皆殺し」という言葉が、鉛のように腹の底に沈んでいる。
俺は本当に、鬼になれるのだろうか。
道中、俺はほとんど口を利かなかった。
そんな俺の様子を、傅役の森脇市正が心配そうに見ていた。
「若。お顔の色が優れませぬぞ。初陣の緊張でございますか」
俺は何も答えられなかった。
数日後、我らの軍はついに相方城が見える丘の上までたどり着いた。
相方城は噂に違わぬ堅城だった。
可愛川と馬洗川を天然の堀とし、切り立った崖の上に築かれている。
鏡山城のように謀略で内から崩すのは難しいだろう。力で、ねじ伏せるしかない。
俺は軍議を開いた。
「これより相方城の包囲を開始する。各々、持ち場を固めよ」
俺がそう命じると、一人の老将が進み出た。
「お待ちくだされ、若! まずは降伏を勧告するのが筋にございます。敵も我らの大軍を見れば、戦わずして城を明け渡すやもしれませぬ」
正論だった。
無駄な血を流さずに済むのなら、それに越したことはない。
だが、俺の耳には父のあの冷たい声が蘇る。
「――必ず、皆殺しにせよ」
俺は、どうすればいい。
将として父の命令に従うべきか。
それとも人として無益な殺生を避けるべきか。
俺は迷った。
これが父が言っていた、「将の役目」というものの重圧なのか。
兵たちの視線が俺の一言を待っている。
俺はぐっと拳を握りしめた。
そして、腹の底から声を絞り出した。
「……降伏勧告は行わぬ」
その場が静まり返った。
「江田氏は我らの説得に耳を貸すような相手ではない。奴らに必要なのは言葉ではない。力じゃ。我ら毛利の圧倒的な力を見せつけるのだ!」
俺は自分に言い聞かせるように叫んだ。
「包囲網を完成させよ! 蟻の這い出る隙間も与えるな!」
老将は何か言いたげな顔をしていたが、やがて諦めたように深々と頭を下げた。
俺は最初の決断を下した。
鬼になるための第一歩を踏み出してしまった。
俺は丘の上から、眼下の相方城を睨みつけた。
あの城の中にいる、名も知らぬ兵たち、女子供の顔が、一瞬脳裏をよぎったが、すぐにそれを振り払った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
戦において、「情」は時に命取りになります。元就は息子のその甘さを断ち切らせるために、あえて過酷な命令を下したのかもしれません。
さて、降伏の道を自ら閉ざしてしまった元春。いよいよ、力と力のぶつかり合いが始まります。
次回、「最初の突撃」。
若き獅子の猛勇が、戦場で炸裂します。
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