相方城、猛将の誕生 第2話:父の命令
作者のかつをです。
第四章の第2話をお届けします。
今回は、出陣前夜の元就と元春の父子の対話を描きました。武勇に憧れる息子と、非情な現実を説く父。二人の価値観の違いが浮き彫りになります。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
出陣の前夜。
俺、吉川元春は、愛用の見事な装飾が施された鎧を、何度も磨いていた。明日、この鎧が初めて戦場の血を吸うのだ。心が、高鳴るのを抑えきれなかった。
そんな俺の元に、父、元就からの使者がやってきた。
「父上が、わしに?」
陣幕の中に入ると、父は一人、静かに茶を飲んでいた。
「元春、浮かれておるな」
図星を指され、俺は思わず顔を赤らめた。
「も、申し訳ございません」
「良い。誰しも初陣とはそういうものよ。じゃが、一つだけお前に命じておかねばならぬことがある」
父の目が鋭くなった。
いつもの、謀略を巡らせている時の冷たい目だ。
「相方城の城主、江田氏は降伏を受け入れるな。必ず、皆殺しにせよ」
その言葉に、俺は耳を疑った。
「……皆殺し、にございますか」
「左様。江田の一族はもとより、城兵一人残らずだ」
俺は理解できなかった。
戦とは敵将の首を取り、城を落とせば終わるものではないのか。降伏した者の命まで奪う必要がどこにある。
「……父上。それはあまりに無慈悲ではございませんか。武士の情けというものが……」
俺が言いかけると、父はぴしゃりと言い放った。
「甘い!」
その厳しい声に、俺は体を硬直させた。
「元春、よく聞け。江田氏はこれまで何度も我らに背いてきた。大内につき、尼子につき、風見鶏のように寝返りを繰り返してきたのだ。このような者を、生かしておけば必ずや毛利の禍根となる」
父は続けた。
「見せしめじゃ。毛利に逆らう者がどのような末路を辿るか、安芸、備後の国人たちにはっきりと見せつけてやるのじゃ。そのためには非情に徹せねばならん。わしがこれまで、そうしてきたように」
鏡山城の蔵田直信。亀寿山城の山内隆通。
父がこれまでに行ってきた、冷徹な謀略の数々が俺の脳裏をよぎった。
父は毛利家を守るため、人の心を弄び、命を奪ってきたのだ。
「わしは汚れ役だ。じゃが、お前は違う。お前は毛利の武の象徴となれ。誰よりも強く、誰よりも恐れられる鬼となれ。民を、家臣を守るための鬼にな」
その父の言葉は、まるで呪いのようだった。
俺が求めていたのは、ただ純粋な武勇だった。
だが、父が俺に求めているのは、敵を情け容赦なく殲滅するための冷酷な力。
それが総大将として、俺が果たさねばならぬ役目だというのか。
俺は何も言い返せなかった。
ただ、唇を血が滲むほど強く噛みしめることしかできなかった。
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「鬼となれ」。元就のこの言葉は、元春のその後の生き方を決定づけることになります。父の期待と呪いを一身に背負い、彼は戦場へ向かうことになります。
さて、心に大きな葛藤を抱えたまま、ついに元春は相方城へと軍を進めます。
次回、「包囲網」。
若き総大将の最初の決断が試されます。
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