亀寿山城、謀殺された城主 第7話:城主の亡霊(終)
作者のかつをです。
第三章の最終話です。
謀略の本当の恐ろしさ。それは、肉体ではなく、人の心を殺すことにあるのかもしれません。その後味の悪い結末を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
俺、新九郎が斬られた後。
我が主君、隆通様はもはや抜け殻のようだったという。
信じていた側近に裏切られたという絶望。
そして、自らの手で忠臣を斬ってしまったという罪悪感。
彼の心は、完全に折れてしまった。
元就様はそんな隆通様を優しく慰め、亀寿山城まで丁重に送り届けた。
銀山の話は、もちろん嘘だった。
「――鉱脈が枯れてしまったようだ。まことに申し訳ない」
そう、一言詫びただけだった。
亀寿山城に戻ってからの隆通様は、人が変わってしまったかのようだった。
酒に溺れ、政務を顧みなくなり、家臣たちの言葉にも耳を貸さなくなった。
そして、何よりも毛利元就という男を、病的なまでに恐れるようになった。
元就からのどんな無理な要求にも、言いなりになった。
実質的に、山内家は、この時、毛利家に、乗っ取られたのだ。
血を、一滴も、流すことなく。
城を一つ攻め落とすよりも、城主の心を殺す方が、はるかに容易い。
元就は、そのことを完璧に証明してみせたのだ。
隆通様はその後、数年を生きたが、その心はあの日、吉田郡山城で死んでいた。
彼はもはや城主ではなく、城に取り憑いた亡霊に過ぎなかった。
俺の命を懸けた忠義も、結局は元就の巨大な謀略の前には、何の意味もなさなかったのだ。
いや、むしろ俺の行動こそが、殿の心を殺す最後の一撃になってしまったのかもしれない。
そう思うと、俺は浮かばれない。
◇
……現代、庄原市。
亀寿山城跡の麓には、山内隆通の墓と伝わる五輪塔が、ひっそりと建てられている。
その苔むした墓石は、何を語るのか。
人の善意を信じすぎた、お人好しの城主の悲劇か。
それとも、主君を思う忠臣の、報われなかった忠義か。
あるいは、そのすべてを飲み込み、乱世を駆け上がっていった、謀神の恐るべき業か。
城跡を吹き抜ける風が、まるで誰かのすすり泣きのように聞こえた。
(第三章:宴の後の惨劇 ~亀寿山城、謀殺された城主~ 了)
第三章「宴の後の惨劇」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
この山内隆通の謀殺計画は、毛利元就の数ある謀略の中でも、特に非情で有名なエピソードの一つです。
さて、謀略によって敵を次々と支配下に収めていく毛利元就。
次回から、新章が始まります。
第四章:鬼吉川、初陣の城 ~相方城、猛将の誕生~
今度の主役は、元就の次男、吉川元春。父とは対照的に、武勇に秀で、「鬼吉川」と恐れられた猛将の、鮮烈な初陣の物語です。
引き続き、この壮大な山城史探訪にお付き合いいただけると嬉しいです。
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