鏡山城、最初の謀略 第2話:若き元就の献策
作者のかつをです。
第一章の第2話をお届けします。
ついに、若き日の毛利元就が登場します。まだ無名だった彼が、いかにして歴戦の武将たちが集まる軍議で、自らの策を主張したのか。その緊張の場面を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
その日の夕暮れ、総大将の陣幕で重苦しい軍議が開かれていた。俺は陣幕の外で警護の任に就いていたため、中の声を断片的に聞くことができた。歴戦の武将たちが集まっているはずなのに、その声には疲労と焦りの色が滲んでいる。篝火の影が、陣幕に映る武将たちの姿を不気味に揺らしていた。
「もはや、兵糧攻めしかあるまい。冬まで待つことになるが、それが最も確実じゃ。これ以上の損害は、御免こうむる」
恰幅のいい、年配の武将の声だった。
「馬鹿を言え! それでは尼子の援軍が来てしまうやもしれん! 挟み撃ちにでもなれば、我らが危うい! それこそ、目も当てられんぞ!」
若い、血気盛んな武将がそれに噛みつく。
「では、どうすると言うのだ! これ以上、無駄に兵の血を流すことこそ許されんぞ! お主の部隊こそ、先日の突撃で多くの者を死なせたではないか!」
「なんだと!」
意見はまとまらず、互いをなじり合うばかりでただ時間だけが過ぎていく。俺たち足軽にまで伝わってくる手詰まり感。これでは、戦に負けるのも時間の問題かもしれなかった。重苦しい沈黙が、陣幕を支配する。
その時だった。
凛とした、静かな声が響いたのは。
「――力攻めも兵糧攻めも、いずれも下策かと存じまする」
陣幕の中が、ざわついた。一体、誰だ。この大武将たちが揃う席で、臆面もなく異を唱える者は。
「誰だ、無礼者は!」
声の主は、俺も顔を知っている男だった。安芸の国人領主の一人、吉田郡山城の毛利元就様。まだ若く、鎧姿もどこか線が細い。この大軍の中では、取るに足らない存在のはずだった。周りの武将たちの視線が、侮りと好奇の色を浮かべて彼に注がれるのが、幕の影越しにもわかった。
総大将の、試すような声が響く。「毛利殿、では、おぬしに何か策があると申すか」
元就様は少しの間を置いた後、静かに、しかしはっきりと答えた。
「はっ。城というものは、石垣や堀だけで守られておるのではございません。人の心が、最大の守り。ならば、その心を内から崩せば、城は、自ずと落ちましょう」
「謀略を、使えと?」
「御意にござる。敵将もその周りの者たちも、我らと同じ人間。心には、必ず隙がございます。その隙を突くことこそ、兵の血を最も流さぬ、上策かと」
陣幕の中が、再び沈黙に包まれた。
正々堂々とした戦を是とする侍大将たちの中には、鼻で笑う者もいた。謀略など、卑怯者のやることだ、と。
だが、手詰まりの状況の中、その若者の言葉には何か無視できない響きがあった。淀んだ空気の中に、一筋の風が吹き込んだような不思議な感覚。
「……面白い。毛利殿、詳しく、聞かせてもらおうか」
総大将の、その一言。
俺はまだ知る由もなかった。
この瞬間が、安芸国の、いや、中国地方すべての運命を大きく動かすことになる、歴史の転換点であったということを。
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人の心を攻める「謀略」。戦国時代において、それは武勇と同じくらい、重要な戦術でした。元就の真価は、まさに、この謀略にありました。
さて、元就が狙いを定めた「人の心」とは、一体、誰の心だったのでしょうか。
次回、「狙いは叔父」。
元就の、恐ろしくも、的確な分析が始まります。
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