亀寿山城、謀殺された城主 第5話:抜かれた刃
作者のかつをです。
第三章の第5話、物語のクライマックスです。
主人公・新九郎の悲壮な決意と、それを遥かに上回る元就の知謀。二人の対決の瞬間を、緊張感をもって描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
天守の最上階。
月明かりが障子を通して、室内をぼんやりと照らしている。
俺、新九郎は息を殺し、天井の梁の上からその部屋を見下ろしていた。
部屋の中央には一つの布団が敷かれ、寝息がかすかに聞こえてくる。
間違いない。
あれが、毛利元就だ。
俺は懐の小刀をゆっくりと抜いた。
冷たい鉄の輝き。
心臓が早鐘のように鳴っている。
今だ。
今、飛び降り、一突きに。
俺が梁から身を乗り出した、その瞬間だった。
「――待っていたぞ、山内の忍びよ」
静かな声がした。
俺は息を呑んだ。
声は布団の中からではない。
部屋の隅の暗闇から聞こえてきた。
その暗闇の中から、ゆっくりと一つの人影が立ち上がった。
毛利元就、本人だった。
「な……なぜ……」
俺は声がかすれた。
元就は静かに笑った。
「お主のような忠義に厚い男が、一人くらいはおるだろうと思うておったよ。我が主君の危機を、黙って見過ごすことができぬ、愚直な男がな」
布団の中にいたのは偽物。身代わりだったのだ。
すべて、読まれていた。
俺の行動も覚悟も、すべてこの男の手のひらの上で踊らされていただけだったのだ。
俺は梁から飛び降りた。
「くっ……!」
もはや、これまで。
一太刀なりとも、浴びせてくれる。
俺が小刀を構え、元就に斬りかかろうとした、その時。
部屋の四方の障子が一斉に開かれた。
そこには、十数人もの毛利家の屈強な武者たちが、刀を抜き放ち俺を取り囲んでいた。
逃げ場はない。
俺は観念した。
「……見事、と言うしかありませぬな、元就殿」
俺は小刀を床に置いた。
元就は静かに俺の前に歩み寄ってきた。
「お主の名は?」
「……山内家家臣、新九郎にござる」
「そうか、新九郎。お主のような忠臣が、なぜ隆通殿のような愚かな主君に仕えておる。惜しいな」
その言葉に、俺の腹の底から怒りがこみ上げてきた。
「黙れ! 我が殿を侮辱するな! 殿はお主のような人の心を弄ぶ卑劣な男ではない! 誰よりも民を思い、人を信じる、優しきお方だ!」
俺は叫んでいた。
元就は俺の言葉を黙って聞いていた。
そして、一言だけぽつりと呟いた。
「……その優しさこそが、この乱世においては、最も命取りになるのじゃよ」
その寂しそうな横顔が、なぜか俺の目に焼き付いて離れなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
すべては元就の描いた筋書き通り。忠臣の行動さえも、彼は完璧に読み切っていました。
さて、捕らえられてしまった新九郎。そして、何も知らずに眠り続ける隆通。彼らの運命は。
次回、「非情の論功」。
元就は捕らえた新九郎を利用し、最後の罠を仕掛けます。
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