亀寿山城、謀殺された城主 第4話:最後の夜
作者のかつをです。
第三章の第4話をお届けします。
主君を思う忠臣・新九郎の悲壮な覚悟を描きました。たった一人で巨大な敵に立ち向かおうとする、彼の孤独な戦いが始まります。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
その夜、俺、新九郎は眠ることができなかった。
主君、隆通様はすっかり酔い潰れ、高いびきをかいて眠っておられる。そのあまりにも無防備な寝顔を見ていると、胸が張り裂けそうになった。
このままでは、殿は殺される。
元就の罠にかかってしまう。
俺がお守りしなければ。
俺は一つの決意を固めた。
殿が駄目ならば、俺が元就を討つ。
たとえ相打ちになろうとも、殿をこの城から無事に逃がすのだ。
俺はそっと部屋を抜け出した。
幸い、俺たち山内家の家臣が泊められているのは本丸から少し離れた客舎だった。見張りの兵も数は少ない。
俺は闇に紛れ、壁を伝い、屋根を走った。
目指すは、元就様が寝所としているはずの本丸の天守。
吉田郡山城は巨大な山城だ。昼間でも迷ってしまうほどの複雑な構造をしている。
だが、俺は昼間のうちに城内のすべての道を頭に叩き込んでいた。万が一の場合に備えて。
それが今、役に立った。
息を殺し、影から影へと飛び移る。
見張りの兵の話し声が聞こえる。
「しかし、山内の殿様は良いお人じゃな」
「ああ。それに比べて、うちの御屋形様は何をお考えになっておるのか……」
毛利の兵でさえ、元就様の真意を測りかねている。
それほどまでに、彼の腹の底は深く、暗いのだ。
やがて、俺は天守の石垣の下までたどり着いた。
ここを登り切れば、元就の寝所はすぐそこだ。
俺は石垣に手をかけた。
冷たい石の感触。
俺は心の中で、故郷に残してきた妻とまだ幼い息子の顔を思い浮かべた。
すまない。
だが、俺は行かねばならぬ。
我が主君のため。
山内家の、ため。
俺は一つ深く息を吸い込むと、闇に染まる巨大な石垣を登り始めた。
これが、我が人生最後の夜になるやもしれぬ。
だが、悔いはなかった。
ただ、我が主君の、あの人の良い笑顔だけを守りたかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
主君のためなら自らの命さえも厭わない。戦国時代の武士の、一つの理想の姿かもしれません。新九郎のこの行動は、無謀か、それとも忠義か。
さて、ついに元就の寝所へと忍び込もうとする新九郎。
次回、「抜かれた刃」。
彼の運命はいかに。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




