亀寿山城、謀殺された城主 第2話:盃に潜む毒
作者のかつをです。
第三章の第2話をお届けします。
今回は、元就の甘い誘いと、それに対する主人公・新九郎の一抹の不安を描きました。主君を思う忠臣の、心の葛藤を感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
友好の宴から数日後。
亀寿山城に、元就様からの使者がやってきた。
「我が主、元就が申しております。先日のもてなしの返礼がしたい、と。つきましては近々、我が吉田郡山城にて宴の席を設けたく存じます」
我が主君、隆通様はその申し出をことのほか喜ばれた。
「おお、それはありがたい! 元就殿はやはり律儀な、お方だ。もちろん喜んでお伺いするとお伝えくだされ」
隆通様はすっかり元就様を心から信頼しきっておられた。
しかし俺、新九郎は一抹の不安を覚えていた。
話があまりにもうますぎる。
俺は宴の後、密かに元就様のことを調べていた。
鏡山城、日山城。彼が関わった戦はいずれも謀略によって敵を内側から崩壊させている。その手口は巧妙で、そして非情だ。
そんな男が何の下心もなく、ただ友好のためだけに宴を開くのだろうか。
俺は思い切って、隆通様に進言した。
「殿、お待ちくだされ。毛利元就という男、油断のならぬ相手でございます。あまりに軽々しく敵地へ赴くのは危険かと」
しかし隆通様は、俺の言葉を笑い飛ばされた。
「新九郎、お主は心配性だな。元就殿はもはや、我らの友ではないか。それに先の宴では、彼もほとんど供を連れずに来てくださった。こちらが警戒したとあっては、かえって彼の信義を裏切ることになる」
隆通様の仰る通りかもしれない。
俺の考えすぎ、取り越し苦労なのかもしれない。
だが、俺の心に巣食った不安の影は消えることはなかった。
まるで甘い蜜の入った盃に、一滴の毒が垂らされたかのような嫌な予感が。
数日後、俺は供の一人として隆通様に従い、吉田郡山城へと向かった。
道中、隆通様は終始、上機嫌だった。
「毛利殿と手を組めば、我ら山内家も安泰だ。これで領内の民も、安心して暮らせるようになるだろう」
民を思う、優しい我が主君。
だからこそ、俺は守らねばならない。
たとえ、この身がどうなろうとも。
俺は着物の下にそっと忍ばせていた、小刀の柄を固く握りしめた。
吉田郡山城の巨大な城門が、目の前に迫っていた。
それはまるで、大きな獣が口を開けて俺たちを待ち構えているかのようだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
相手を完全に信じ込ませる。それが元就の謀略の第一段階です。人の善意や信頼を巧みに利用する、彼の恐るべき策略家としての一面が垣間見えます。
さて、ついに敵地である吉田郡山城へと足を踏み入れてしまった、隆通一行。
次回、「銀山の誘い」。
元就はさらに、甘い罠を仕掛けます。
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